メイクセンス

納得できる、理屈が通る、ということを、英語でmake senseするという。
私はmake senseすることがらが好きだ。

私は全てを理解したい。
全てをメイクセンスさせたい。
理解して納得してはじめて、「なるほど」とそれを受け入れられるから。

でも、世の中は、納得できることばかりじゃない。

なぜ、宇宙は存在するのか?
なぜ、人は生まれたのか?
なぜ、空は青いのか?
なぜ、なぜなぜ?
なぜ、人は人を求めるのか?
種を残すため?
それならば、なぜ一部の人間は同性に惹かれるのか!?

私たちは全てを解明したい。
メイクセンスするように。
きっと全ての知の営みはそういう動機から始まっているだろう。

物理学、医学、哲学、心理学…。

もしも明日、目覚めたときに
目が見えなくなっていたら、
足が動かなくなっていたら、
私たちは「理由」を探すだろう。

「なぜ?」
「なぜ私なの?」

前世からの巡り合わせ?
タタリなの?
バチが当たったの?
神様がくれた試練なの?

なぜ?
なぜ?
なぜなの?

何でもいいから「理由」が欲しい。
たとえ、それが現実的に因果関係で結ばれた本当の理由でなくてもいい。
何かしら、自分の中で、自分の運命を「メイクセンス」させるための何か。
その何かがほしい。
だから必死で探す。
自分を納得させるための「理由」を。

でもね、本当は
理由なんてない。

完全にランダム。

私たちがアリの行列をみて、ぷちぷち潰すときに、
なぜそのアリなのか?なんて考えないのと一緒。

私たちの身に振りかかる運命に理由なんてない。

だけど、私たちは、その「理由のなさ」に耐えられない。

世の中の事実は、時に、残酷すぎて、私たちはそのままの事実を受け入れることができない。
受け入れる時に、頭の中で少し工夫して、飲み込めるようにしないと、受け入れられない。

人間関係もそう。
誰かとの関係が思うように行かないとき。

仕事上でも、友達とでも、恋人とでも…。

いくらメッセージを残してもコールバックがなかったり、
パーティに自分だけ誘われなかったり、
楽しみにしていたデートなのに、
あっさりキャンセルになったり、
電話してもなかなか返事がなかったり。

私たちは頭の中でいろいろな理由を探す。

出張中なんだ。
体調が悪いんだ。
仕事で忙しいんだ。
家族の揉め事で大変なんだ。
誰かが側にいて邪魔してるんだ。
携帯電話が壊れたのかもしれない。

でも、本当はそんな理由なんて存在しない。

事実はひとつだけ。

あなたが相手のことを好きなように、相手があなたを好きではないということ。

書くとシンプルだ。
うん。そうだろうね。
と、理解したつもりになる。
でもこのシンプルな事実を本当にマジで受け止めるのは、
きっと私たちの脳みそにとってはとてもしんどいことなんだと思う。

だから、私たちはいつもちょっとした言い訳を必要とする。
事実を少しだけ受け入れやすくするために。

それは、例えば、私たちがいつか死ぬ、という事実を忘れたふりしているのに似ている。

私たちはいつか死ぬ。
皆死ぬ。
あなたも死ぬ。
私も死ぬ。

でも、私たちはそんなこと、忘れたふりしている。

「一応わかってる」けど、とりあえず思考停止して、棚上げしている。

死ぬなんて怖すぎて、考えられないから。

誰かがあなたの望むほどあなたのことを好きじゃないというのもそれと一緒。

その事実は、「私はいつか死ぬ」というのと同じくらい、「他人事な現実」。

それは辛い。

わかってるよ。
そう口ではいっても、わかってない。

わかってるんだけど、わかってない。
わかってるんだけど、わかりたくない。

メイクセンスしない。
メイクセンスしない。

でもだからこそ、そこに、意味があるんだと思う。

なんでそうなるのか。
理由がわからない。
メイクセンスしない。

そこにこそ、芸術や宗教が生まれる余地があるんだと思う。

人間は芸術や宗教抜きで生きていくことはできない。
なぜなら、この世の中自体がメイクセンスしないものだから。

常に物事をメイクセンスさせたいと思いながら生きている毎日の中
ふとした瞬間に、その限界を覚える。

炎を見つめながら音楽を聴き体を動かし続ける夜明け。
美しい人と見つめ合う瞬間。
雄大な砂漠に溶けていく燃えるような夕焼け。

説明のつかない歓喜や悲しみが体から吹き出してくる。
その時に感じているものは、きっと叫びや喘ぎ声にしかならず、言葉にはならない。
メイクセンスできるものの限界がある。
その限界の先に、何かがある。

この手に掴みたいのに、手に入らないもの。
好きな子に好かれたいのに好かれない悲しみ。
永遠に生きていたいのに死ななきゃいけないという無念。

私たちの人生はメイクセンスしない。
この世はメイクセンスしない。

この世の全てをメイクセンスするような形で理解したいという試みは、必ず負けると決まっている戦いのようなものだ。こんぼうだけでラスボスと戦うようなものだ。私たちは必ず負けるだろう。でも、この戦いから降りるわけにはいかない。生まれてしまったのだから。私たちは理解のできない運命のうずの中で、それでも何かを理解したいともがきながら生きていくしかない。
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「love not hatred(憎しみではなく愛を)」で検索すると、KKKのウェブサイトが出てくる件について

Googleで、「love not hatred」を検索すると…



KKKが一番に出てくるぞ!



↓証拠画像

kkk.gif

KKK(クー・クラックス・クラン)とは、白人至上主義で知られる過激右翼団体。そんな彼らのウェブサイトに大きく「love not hatred(憎しみではなく愛を)」と掲げられていることがいろいろ示唆的であると思った。排外主義は自らを排外主義なんて言わない。もっともらしいお題目を掲げてあらわれるんだって。

250px-Klan-in-gainesville.jpg
250px-Burning-cross.jpg


誰かLove not hatredでSEO対策しようよ!


ちなみにKKKの後継団体(?)として現在アクティブなものに Imperial Klans of America(IKA)という団体があるらしい。こちらは暴力や犯罪などは明確に否定している点でKKKと差別化を図っているらしいが、ウェブサイトには堂々としたヘイトスピーチが掲載されていた。この団体はKKKと異なり、hateという言葉を使うことにためらいはないようですね。

If you are not of the White race, this web site is not for the likes of YOU! We reserve the right of free speech to state our views whether our enemies like it or not.The IKA hates: Muds, spics, kikes and niggers.


意訳:もしもあなたが白人じゃないなら、ここあなたのような種類の人間のための場所ではありません。私たちは敵がなんと思おうとも、自分たちの意見を表明する表現の自由を持っています。IKAは、白人じゃない奴ら、ラテン系、ユダヤ人ども、くろんぼどもを憎んでいます。

mudは有色人種、spicはスパニッシュ系、kikeはユダヤ人、niggerは黒人をそれぞれ指す俗称。上の訳文ではうまくできなかったけど、かなり侮蔑的で敵対的なニュアンスがでます。こうやって書かれると、やっぱり怖いね。なぜhate(憎しみ)という強い言葉を、人種だけで人にぶつけられるんだろう?そんなすごく素朴な疑問を覚えてしまう。

この団体は白人愛国者フェスティバルなんかも開催している模様。

Nordic Fest08 2008年のNordic Festの様子。

こういうの、私にとってはジョークでしかないし、多分多様化が進んだ都会では同じように受け止められることが多いと思う。でも、ジョークじゃないんだよね。マジで世界のどこかでこういう団体が存在する。そのことがすごく怖いと思った。

うんこで語る恋愛論

どんな食べ物も、やがて、うんこになる。

貴重な素材を使って、一流シェフが作り、美しく盛り付けられた料理。舌の上でねっとりとろけるあのトロ、ぷりぷりの甘エビに、コリコリのイカと爽やかなシソ。あなたの目と舌を充分に楽しませ、幸せと満足感を与えてくれた料理も、絶対にうんこになる。

それは悲しいことではないし、むしろ、ちゃんとうんこになって出てもらわないと困る。

消化不良を起こした食べ物が、体内に留まってると、これはまじ苦しいですよ。

ありとあらゆる方法を使って体がこいつを排出しようとしますもん。
出ないと、苦しいですよー。
七転八倒しますよ。
あの素晴らしかった料理の記憶が忘れられないからって、いつまでも体内に止めようと頑張ると、余計に具合が悪くなります。

そんな時は、もう割りきって、排出するにかぎる。

あるでしょー。

具合悪かったのに、思い切って吐いたり、下痢したりしたら、楽になった、とか。

それが一番なんですよ。
悪いものは溜め込まないでどんどん出す!
そして、新しい料理をもぐもぐ食べる!

食べなければ生きていけないのだし、次から次へと新しい料理を求めてしまうのは、人間の性(さが)である。

美しい料理たち。
私たちを一度は楽しませ、そして生きる活力を与えてくれた。
でも、料理たちはうんこになった。
しかたない。
That's the way it goes.
いいの。
うんこになってしまったけれど、
あの料理を食べたことは、無駄ではなかったの。

私たちによい思い出と幸せを与えてくれた。
その食べ物を食べたから、今私たちが生きていられるの。

いつまでも腐った食べ物を体内にとどめて苦しくなるよりも、とっととうんこして、水に流して、次の料理を楽しもう。

それが人生だから。

チョコレイトありがとう★

皆さん、バレンタインはいかがおすごしでしたか!?

私は、予想していたこととはいえ、リアルな世界ではチョコは一個も貰えませんでした(号泣)

去年は、一応職場の日本人の女の子が義理チョコを配っていたので、それ一個貰えたのですが、今年はゼロでした。ゼロ。

その日は日曜日だったので、女の子と会うこともなく、キスすることもなく、「好きだよ」と言うことも言われることもなく、ばか騒ぎして過ごしました。それはそれで楽しかったのですが、やっぱり、少しはバレンタインらしいことをしたかったです。今年のバレンタインらしいことっていったら、「チョコレイト・ディスコ」を歌ったことだけですからね。でも、家に帰ってそーっとメールをチェックしてみたら、心優しい皆さんから、チョコ(画像)が届いていましたよ!あと、ついったーでサイバーハグも貰いましたよ★

わぁーい★ありがとうございます。

それでは頂いたチョコのご紹介。

まずは、未也さん!
いつもついったーでお世話になっています。

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dearyu2.jpg

昔ながらのビアンタチさんということで、普通はあげることはないそうですが、私がネットラジオでめそめそ泣いていたので、不憫に思ってくださいました。なんだかとってもスペシャルな感じで嬉しいです~!ありがとうございます!音楽好きでクールな感じが伝わってきましたー。


(略)
ビアン活動も、30才過ぎてからは草の根運動的な活動しかしてませんが、[普通に存在してるのだ]アピールを続けています。
わざわざカミングアウトしなくても、どこにだっているんだと浸透してくる事を企んでおりますw。


ツイッターでも色々と思う事が浮かんだりもするけれど、古株があんまり昔話を持ち出したらうっとおしいだろうなぁ?と思って、あんまり呟いていません。
おそらく昔の活動家達も、同じように思っているんじゃないかな?と様子を見ています。

若い世代の感じ方その他は、やはり昔とは違ってきていて大変面白く、勉強させられるし期待もしてます。

20~30年近く前は「孤立させない」をテーマに、繋がる事を頑張ってて、オナベだろうが主婦レズだろうが、バイだろうが、フェミニズムだろうが数が少ないのでとにかく一緒くたに集まってました。
すぐに住み分けが始まりましたが。。。
今は仲間の存在は見えるし(昔は見えずに自分ひとりか?と不安な人が多かった)、繋がれるしで、私たち世代の役目は終わったな~と思ってるんです。(良いことです)

(略)




いやいや!まだ役目は終わってないですよ!考えてみれば、当たり前のことですが、20年前、30年前から、セクシャルマイノリティのビジビリティなどに興味をもって活動していた人はいたわけですよね。今年は2010年。もしも2050年くらいになったら、「2010年はねーこうだったんだよ!」なんて昔話をしたりしたいです。これからもついったー、ブログ、共々、よろしくお願い致しますね★

続いては、いつも、えるらじでコメントをしてくださるtorikoさんから頂きました!

IMG_1346_2.jpg

 ↓開けると…?

toriko.jpg



ちょっとかわいらしさの足りない画になってしまいましたが…


この<Devil's Food Cake>のように、誰かを虜にしちゃってください☆



ゆうさん、だいすき!  



うっ、torikoさん優しいね。いっつも親身で励みになるコメントをくれるので、大好きです。時折読み返してはしみじみ感謝してます!ありがとう★ところで、Devil's Food Cakeって私知りませんでした。こういうチョコレートのケーキをそう呼ぶんですねー。悪魔のささやきか…。頑張ります!

つづいては、あかねさんです。

akane.jpg


ついったーではお世話になってます。sky712ことあかねです。
日付かわるぎりぎりですが、チョコ(画像)送ります。
チョコスコーンを焼いたので、ハートにしてみたのですが、焼いている間に
不細工な形になってしまいました。
ハッピーバレンタイン!



なんと!手作りきたー!!!わーい!嬉しいです。この素朴な形が手作りっぽくてグッド!美味しそうですね。食べてみたいです。ありがとうございます。

お次は、こちらもえるらじにいつもコメントを下さるshocomさんから頂きました。

shocom.jpg


こんにちはshocomです。
昨年に続き参戦♪
今回はマカロンをモチーフにしたチョコレート。
いつか本物チョコあげる



なんと、ぐっとくること言いますね!そういえば、私マカロンというのも去年まで知らなかったんですよ。私はお菓子のこと、知らなさすぎですねorz で、本物のマカロンも食べたことないんです。だから、いつか食べてみたいです!shocomさんから貰ってそれを食べることにします。いつもいつもありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願い致します。

つづいて、jitta_hさんから頂きました。

201002150915000.jpg

なんと!これはメッセージがないですぞorz Google画像検索からもってきたものじゃないだろうねえー。←疑い深い。
嘘です。信じてます。
貰ったので載せちゃいます。


テレビで紹介されていたので、普通のお菓子でデコって見ました。
あまりのセンスのなさに、送るのをやめようかと思ったのですが、気持ちということで。


春ぐらいからちょっとラジオを聴く機会が減りそうなので残念なんですが、ツイッター等で、今年もかまってくださいね。



思えば、1年ちょっと前にえるらじを初めた頃、コメントなどがなくてこまっていた私にとって毎週のようにコメントをくれたjittaさんには当時からとっても感謝しています。去年に引き続き、バレンタイン企画にも参加してくれてありがとう!

ということで、私のアホな企画につきあってくださった皆さんありがとう!いじけず、前を向いて生きていけそうです。そうそう、バレンタインって、チャイニーズ・ニュー・イヤー(旧正月)でもあったんですよね。ビバ寅年!来年はいつも貰ってばかりなので、私がチョコほしい人を募集して、その人に私がつくったチョコレートをあげるという企画にします。うん。

【アングラ】ロサンゼルスB級観光案内【サブカル】(6) JOLLIBEE

はい、B級グルメ。
今回も、ファーストフード行きます!

今回は、Jollibee(ジョリビー)

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なんだそら?

と思われた方もいるかもしれませんが、これは「フィリピンのマクドナルド」とでも言うべき存在でしょうか。フィリピン人は皆大好き!熱烈に愛されているファーストフードなのです。

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フィリピンではミッキーマウス並みに人気…!?

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なぜフィリピンの店がロサンゼルスにあるの?と思われるかもしれませんが、ロサンゼルスには、フィリピン人がめちゃくちゃ多いんですよー。ご存知でしたか!?ロサンゼルスに引っ越すまでは、フィリピンなんて「あそらへんの島の一つ」だと思っていたのですが、ロサンゼルスに来て、あまりに無視できないほどのフィリピン人の影響力の大きさに、すっかり驚きました(東南アジアでは、フィリピンの他にベトナムからの移民もめちゃくちゃ多いです!アジア系の移民の中では当然中国系が最も多く、それはさほど驚かなかったのですが、それに続いてはフィリピン系、ベトナム系などが来るのです。これは私にとってはやや意外なことでした)。

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一応ここはハンバーガー屋なのですが、一押しはむしろフライドチキン。

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あとは、スパゲッティ。

ジョリビー行くならスパゲッティを試してね!とフィリピン人のかわいこちゃんがウィンクしながら教えてくれたな~と思いながら、一応頼んでみます。スパゲッティとフライドチキンのセット。どうも、ポテトやパンなどの副菜が、ジョリビーでは「スパゲッティ」らしい。

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味は…。結構柔らかめの麺&甘~いミートソース。

この甘さの秘密は、バナナケチャップ!日本ではケチャップといえば、トマトですが、フィリピンではバナナケチャップが主流なんだそうです。ただ、バナナの味や匂いは別にしなくて、甘いケチャップという感じです。子供の頃食べたお子様ランチのスパゲッティの味かも?優しく懐かしい味です。

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フライドチキンは、逆に素揚げ?と思うほど味がついてない。前回の、ルイジアナ・フライド・チキンと比べると、違いがよくわかります。そのままだと味が薄いので、グレイビーソースをかけて頂きます。

基本的に日本人が好きそうな味だと思います!
特に甘いのが好きな人はオススメ★

フィリピンとロサンゼルスではスパゲッティのゆで方や味付けなど多少異なるらしいですが(フィリピン人に言わせると、フィリピンの店の方が美味しいらしい)、ロサンゼルス店でも十分フィリピンの風を感じられます。ぜひ、お試しあれっ!

バレンタインなんて大嫌い!! なんちゃって♥ギブミーチョコレート!!

くっそぅ…またこの季節がやってきましたか…。

カップルが、これみよがしにいちゃいちゃし、
メディアはここぞとばかりに、カップルになれ!とけしかけ「告白」イベントを盛り上げる(うぐぐぐぐ)
そしてそーゆー浮き足立ったラブラブの世界に関係ないシングルピーポーを、
絶望と孤独のどんぞこに追いやるイベント、

それはヴヴヴヴヴヴァって恐ろしくて発音できないのでVで勘弁してください。

だいたいさ、バレンタインじゃないよ。バレンタインはBでしょ。
Vだから、ね。V。ゔ。ヴーー。わかる?下唇噛んでね!!

まあ、私もシングルとはいえ、ここ一ヶ月くらい、デートしてなかったわけではない。
アリゾナに行ってみたり、日本に行ってみたり、いろいろ出会いを探してもみた。

でも、やっぱり、ダメみたいです、私。
今年もVdayはシングルです。
しかも、何も予定ないですわ。

…というたった今、Roxanneからも「Vdayの予定は?デートするの?嘘はナシでよろしく」というメールが来たけどない。ないです。ないです。あるとしたらあるといいますよ。

でもないんですぅうううううう。

バレンタインの思い出。

思えば、高校生の時。

ミロードだっけ?
えーっと。
あのーなんだっけ?

新宿の、あのー小田急百貨店の横の、階段あがっていく横丁みたいなのあるじゃん?そこの入り口で待ち合わせていて、そしたら突然「やっぱり今日は行けなくなりました。クラスの女の子から告白されたんで、そっちとつきあいます」と言われてボーゼンとしていた、あの2月14日。悲しかったなあ~。しかも同時に雪が降り出してきたような気がするのは記憶の改変ではないはず。

ひゅるりらーひゅるりらー。

すっごい頑張ってラッピングとかしたのにねー。
ちなみに、渋谷の109の地下で買ったミント味のチョコだったぞ。

それから部活の女の子で片思いしてた子といっしょに手作りのチョコを作って。その子が好きな男の子にチョコをあげにいくのに学校さぼってつきあった年もあった。相手は一緒にいった合コンで知り合った子で、男子高だったんだよね。で校門のところで二人しておめあての男の子が出てくるまで待ち伏せ。今考えると怖いけど、当時の私らはよく「人の学校に押しかけて会いたい子が出てくるまで待ち伏せる」ということをよくしていたんだわ。

で、その子、振られたの!
かわいいのに!
わけわからんわ!

私は泣いてるその子を慰めながら、悲しいんだけど嬉しいみたいな微妙な気分だった。ぐううーなんでなの?この子こんなにいい子なのになんでダメなの?ばかばかばーか。でもなんか嬉しかった。彼女を独り占めできた気がして。駅のホームで作ったチョコをあけて一緒に食べた。で、その子が泣き止んで「ごめんね…。ゆうはうまく行くといいね!」と明るく言った時は焦りました。なぜなら私は好きな子とかいないくせに「手作りチョコを作る」イベントに参加したいがために、私もチョコをあげたい男の子がいる!という前提でノリノリだったから。本当は私のチョコのことなんてどうでもよかったのよ。

ちなみに私がチョコをあげたのは、地元の共学の子でした。その子は塾で知り合ったんだよねー。別に好きでもなんでもなかったんだけど、当時知り合いの男子が数人しか居らず、その中で一番かっこよかったので…。しかも、待ち伏せしましたし(←怖い)。ろくにしゃべったこともない私が突然チョコをもって現れたにも関わらず、爽やかに「じゃあつきあおっか」みたいなことになって非常に焦ったよね。その時も、バレンタインのあたりは雪がつもってて駅のまわりがぐしょぐしょしていた気がする。その子と駅まで一緒に歩いて「じゃね」「ばいばい」って別れた。でも、電話番号とか交換しなかったし、私も塾やめちゃったから、その後二度と会わなかったの。わけわからんよね。

そんなこんなで、私のノンケ時代の思い出話でした。

私は女子校だったのです。

かといって、だからレズになったわけではありませんし、むしろ当時はノンケでした。いや、ごめん。嘘。当時から女の子は大好きでしたが、頑張って合コン行ったり彼氏を作るなどのノンケ活動に勤しんでいました。でもいつもいつも女の子に片思いしてたのです。女子校って、ボーイッシュでスポーツ万能な子がモテて、せんぱーい★なんていってチョコを貰ったりするのですが、私の場合、あんまりそういうモテるタイプではなかったので(泣)女の子からチョコを貰ったことはないんです。

そうやって、思春期にモテた記憶がないと、大人になってからもずーっと引きずるのかもしれませんね…。

というわけで(どういうわけだ)、今年もやります。

チョコ(の画像)下さい!(真剣)


義理チョコ(の画像)で全然いいです。
本命チョコ(の画像)ももちろん歓迎。
手作りチョコ(の画像)だったら泣いて喜びます。

ただし、条件は自分で撮ったチョコ画像にしてくださいね。
インターネットから拾ってきた画像のはダメですぉ。

そして、ちゃんとなんか今回のために撮ったということが分かるように「ゆうさんへ」という付箋か何かを貼付けた画像にしてください。

ゴディバじゃなくてもいい。
ロイズじゃなくていい。
キットカットでもいい。
スニッカーズでもいい。
明治でも森永でもいい。
チロルチョコでもどでかばーでもいい!

写メールとかで!ほらほらっ!深く考えないでっ!

写真撮った後は自分で食べちゃってOK!

あ、時差があるんで、日本時間でバレンタイン過ぎちゃってもこっちではまだバレンタインですから間に合います!


…。今またRoxanneから「もしかして、バレンタインって今日なの?日曜日かと思ってた!」というメールがきた。…日曜日だよ日曜日!あーこれくらい気にしないで生きられたら楽だよね…。


頂いた方へのお礼として、ホワイトデーは何かおもしろいこと考えておきます。去年はホワイトデーのお返しもらってないという声があがったのですがすみません。今年はちゃんとやります。チョコくれた人にはいつかどこかでお会いした場合、テキーラおごらせていただきます。

ちなみに、去年頂いたチョコはこちらです。ありがとうございました

【アングラ】ロサンゼルスB級観光案内【サブカル】(5) ルイジアナ・フライド・チキン

はい、B級グルメ。

ファーストフード行きます!

アメリカでファーストフード&ジャンクフード紹介してたらそれだけで体がおかしくなっちゃう気がしますが、体を張ってご紹介します(涙目)今回はフライド・チキン。

フライドチキンといえば、当然のようにケンタッキーですか?!?

でもね、こんなのもあるんですよ…

ルイジアナ・フライド・チキン
Louisiana Fried Chicken

20091224145852

完全にパクリやんけ?

いやいやいや。

フライド・チキンとはそもそも南部で食べられているソウル・フードなのですよ~。なのでケンタッキー・フライド・チキン以外にも、いろんなフライド・チキンのお店があるのです。また各家庭でも「秘伝のスパイス」のレシピがいろいろあるようです。(日本でいうと、家庭ごとにアレジンされて代々引き継がれているお雑煮やおでんみたいなものですかね?)

そんな中でルイジアナ・フライド・チキンは「ルイジアナ」とあるとおり、南部っぽさを全面に押し出したブランド作り~。ウェブサイトもジャズを演奏する黒人さん達~!?メニューも「ガンボ」とか南部風味…。

だが、公式サイトによるとルイジアナ州には一店舗もないっ。 どこがルイジアナやねん!

先日のLA発韓国風メキシコ料理もそうだけど、このルイジアナ・フライド・チキンも、そういうものとして見る方がよさそうですねー。

で、このルイジアナ・フライド・チキンかなりあちこちに店舗があるのですが…。

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結構ゲトーなエリアにあり値段も安い!ケンタッキーより安いですー。半額くらいでは!?

さすがB級グルメ。

LAのあちこちにあるルイジアナフライドチキンですが、ぶっちゃけ地味というか金持ちが食べるものではないという感じなので、あえてB級グルメやローカルジャンクフードを食べよう!と決心しなければ、、多くの日本人は見過ごしてまま毎日をすごしてしまえることでしょう…。←言い過ぎ!?

味は…。

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ケンタッキーよりも、かりかりした感じの衣。
肉は柔らかいですよ。

味は確かにスパイシー。
ただ、辛いという感じではなく、味つけが濃い感じ。

ケンタッキーフライドチキンは、健康指向を反映してか、最近油で揚げていない「グリルドチキン」というのをかなりメインに押し出していますが、ルイジアナは、昔ながらのフライドチキンという感じですね。

ポテトにもスパイスが結構かかってます。

全体的につまみっぽい。

ビールに合いそうだ!

あとガンボ。

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これは、ニューオリンズでも人気の郷土料理。映画「プリンセスと魔法のキス」でヒロインが小さい頃から作っていた料理ですねー。

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見た目は黒く魔女の情念がたっぷり溶け込んでいる感じで、ややグロめ。 メニューの写真と違うぞ。(-.-;)

だが、思い切って食べると、うまい。

うん、これはうまいわ~!

野性的な味のシチューみたいな感じです。具も一杯でうまい!

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LAに来たら、是非食べてみて下さいね!

馬鹿げた感情

誰かの顔だけを見て好きになることも
誰かの言葉だけを読んで好きになることも
同じくらい馬鹿げているのかもしれない。

でもそれは確かにおこったことだった。

孤独な金属の塊

久しぶりに、『スプートニクの恋人』を読み返していた。この小説は作品としても、レズビアンの描き方も好きじゃないんだけど、好きな一節がある。

わたしにはそのときに理解できたの。わたしたちは素敵な旅の連れであったけれど、結局はそれぞれの軌道を描く孤独な金属の塊に過ぎなかったんだって。遠くから見ると、それは流星のように美しく見える。でも実際のわたしたちは、ひとりずつそこに閉じこめられたまま、どこにいくこともできない囚人のようなものに過ぎない。ふたつの衛星の軌道がたまたまかさなりあうとき、わたしたちはこうして顔を合わせる。あるいは心を触れ合わせることもできるかもしれない。でもそれは束の間のこと。次の瞬間にはわたしたちはまた絶対の孤独のなかにいる。いつか燃え尽きてゼロになってしまうまでね



私はこういう考え方が好きだ。そして、こういう感じ方を寂しいものだとは思わない。むしろ、人と人が孤独な旅を続ける衛星だからこそ、一時的にでも、軌道が重なり合い、心を交わし合うことができたのなら、その奇跡が感動的なのだと思う。

スプートニクの恋人 (講談社文庫)
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