確かに人種を皆気にしてる。でも、レイシスト!とか言われるとマジで腹立つ

今日は楽しかったけど、帰りの車の中で、人種のことで、Rachelと言い合いになった。

まあ、話せば長いし酔っ払ってる今書くのがムズカシイというか面倒くさいのだが書いてみる。

レイチェルは私の親友でアメリカで知り合った誰よりも仲イイけど彼女は白人。
そして、彼女の友達は殆どがラティーノなので、白人の友達は殆どいない。
なのでうちらが遊ぶ時は、レイチェル&ラティーノ達&私、もしくは、
私の知り合い(アジア系)、レイチェル&ラティーノ達という感じになる。
なかなか多様性があるとは思うけど、私は一番仲いいのはレイチェルだと思ってるし、
アジア系の知り合いが多いのは、単にアジア系の子が私に優しいからそうなるだけであって、
「ゆうはアジア系が好きだから」とか「ゆうはアジア系としかデートしない」みたいなジョークを言われるのは前から嫌だったのだ。
といってもレイチェルやラティーノ達はあんまりアジア系の友達がいないので、彼らに比べれば、アジア系の知り合いが多い私は、そう言われてもしかたないとは思ってたけど。
あと、たまにアジア人なのに「アジア人の友達一人もいない」みたいなのをすごく誇ってる子がいて、そういう子たちも「ゆうはアジア人の友達しかいないじゃん」みたいなことを言う。

で、同時に、私は、確かにアジア系の子で、アメリカ生まれの子は、すごーく「アジア系」でかたまる癖があると思ってる。アジア系としか遊ばないとかアジア系としかデートしないという子が多いのは事実。アジア系アメリカ人の子がそういう風にアジア系で固まるようになったのはそれはそれなりの必然性とか理由とかあるんだろうけど…。アジア系のイベントに、レイチェルやラティーノ達を連れて行くと、まじで、彼らは非アジア人であるレイチェルやラティーノ達を無視して、(アジア人である)私にだけフレンドリーにしたりする。フレンドリーにされるのは嬉しくても、私はそれがなんとなくいやだった。はっきりいって、レイチェルは私の親友だし、ラティーノ達も私が普段遊んでいる子なので。

で、あとでそれをまたレイチェル達に言われるのも嫌だった。

今日遊びにいったイベントは、ちょっとしたアジアンクィアショートフィルムのイベントで、私はアジア系の友達から誘われたけど、私はレイチェルはもちろんのこと、ラティーノの友達も皆誘った。だけど、来たのはレイチェルだけで、レイチェルは、「(ラティーノの子達は)「これがアジア人のイベントだからこない」んだって」と説明して、なんでゆうはアジア系のイベントばっかりいくの?みたいなことを言ってきた。

うちらのグループ、白人とか黒人いないじゃん。もっとダイバーシティに飛んだグループにしようよ、みたいなことを言ってきた。

で、私は、ラティーノ達が「これはアジア系のイベントだから自分には関係ないから行きたくない。レイチェルアジア人とばっかり遊びすぎじゃない?」みたいな理由で来なかったというのもなんか嫌だったし、まるで自分が自分で選んでアジア系とばっかり友達でいるような言われ方をするのもすごくいやだった。

これはまた別の時なんだけど、レイチェルが一回「あなたは私より、アジア人の友達の方を近く思ってるの?」って泣いたことがあった。私はその時、胸が押しつぶされそうになって「違うよ。そんなことない。私がアメリカで知り合った友達の中で一番大好きな親友!」と言った。けど、私のアジア人の知り合い達の企画するグループでのイベントはいつも大抵「ほぼアジア人オンリー」のイベントだったし、そこに私がレイチェルを連れて行っても、彼らはアジア人ではないレイチェルに微妙によそよそしい。私は気づいてた。それは私の小さな悩みだった。

そういう疎外感をラティーノの子たちも感じていたのかもしれないし、それが原因で来なかったのかもしれない。でも、私はその問題があたかも「私」にあるように言ったりからかわれたりすることが私は嫌だった。

私の知り合いにアジア系が多いのは、事実。だけど、それはアジア系の子が私に優しいからであって、自分がそれを選んでいるわけじゃない。私はアメリカに来て、初めに仲良くなったのは、韓国からの留学生と、セントルチアからの移民の子でこの子は黒人だった。この3人でいっつもWeHoに行ってたのだ。アメリカに来たばっかりの私は、「ラティーノ」という人種のカテゴリの概念を持ってなかった。全て白人か黒人だと思っていた。フィリピン人というのもわからなかった。マライヤ・キャリーは白人だと思ってたし。アンジェリーナ・ジョリーとジェニファー・ロペスが同じ人種だと思っていた。私ははっきりいって全ての人種の子に話しかけたと思う。「日本から来たばっかりで友達いないんだ!仲良くしよう!」って。でも10人の白人にそうやって話しかけて、1人しかフレンドリーに「いいよ」って友達になってくれないとしたら、アジア系は10人に話しかけたら、5,6人とは友達になれた。ただそれだけのこと。

実際友達だけじゃなくて、付き合う子だって、レイチェルとかは「ゆうはアジア人としかデートしないんだよー!」とか新しい知り合いに冗談っぽくいつも言うんだけど、私はそれがマジで嫌で。というのはそうやって「アジア系としかデートしない」って言い切るアジア人がかなり多いんだけど、私はそうじゃないから(ちなみに、ラティーノとしかデートしない!と言い切るラティーノも結構多い)。

私の場合、確かにデートした総数はアジア系が一番多いかもしれないけど、私が最近までデートしてた子は何人か連続でチカーナ(メキシコ系アメリカ人)だし、実際ビジュアルで行ったら別にアジア人は好きじゃない(単にアジア人の方が私に優しいからデートできる割合が高いだけで、実際にはラティーナとかペルシャ系の顔の方が好き)。それなのに、いかにもアジア系が好き、とか決めつけられたり、いちいち私がつきあう子とか友達を「人種」でくくられたり、あたかも私が友達とかデート相手を「人種」でくぎって考えるタイプの人間であるかのように言われるのがすごく嫌だった。こっちは別に何人とつきあうとかいちいち人種を意識してないのに!!!って。

で、帰りの車の中で、そういう不満というかいろいろ喋った。
結構感情的になって、わめいたり、涙がでそうになったりしたけど。

はっきりいって、私はラティーノ達のイベントには「これはラティーノのイベントだから」と言って行かなかったりすることは絶対ない。マリアチ(メキシコの伝統音楽)だろうが、シンコ・デ・マヨ(メキシコの祝日)だろうが行って一緒に愉しむし。実際には私とレイチェル以外は全員ラティーノで遊ぶという状況だったりしても、レイチェルに「なんであなたはラティーノとばっかり遊んでるの?」とか言ったことない。

私はラティーノ達が「あれはアジア人のイベントだから行かない」とか言ったりすること自体がすごいレイシストだと思うし、「ゆうはアジア人ばっかりと遊んでる」とか言われる事自体「はあ?」って思う。それは端的に事実と異なるし!

私は実際問題アメリカ生まれのアジア人とは本当は全然仲良くないのだ。彼らと電話で話したり遊んだりすることは全然ない。あんたらとの方が全然遊んでる。アメリカ生まれのアジア系グループの「知り合い」の中に「友達」なんて本当に数人しかいない、いつも顔合わせてる、ラティーノ達との方が仲いいと思ってるくらいだ。それなのに、私がアジア人の知り合いといるだけで、自動的に「友達」みたくみられるのか?単に、私達の外見が似ているだけで?

意味がわからなかった。

私はまじでこれはこれで悩みなのだが、アメリカで友達があまりいなくて、レイチェルと、後は元カノと…。数人くらいしか心を許せる人がいないし、あとはもうTwitterとかしか友達がいない。

だからアジア系の知り合い達なんて、知りあいだけど、クラブで挨拶するだけだし、全然一人たりとも友達とは思ってない。それなのに、同じアジア系だからって「友達」ってことにされて、「あんたはアジア系の友達ばっかり」とかいわれるんだなーって。私にしてみれば(過去にも繰り返し書いてるけど)、「アジア人」というアイデンティティより「移民」というアイデンティティの方が強いし、「アジア人です!」っていうアジア系アメリカ人より、フランスでも、フィリピンでも、メキシコでも、「移民」の方が近く感じてて、アメリカ生まれのアジア人なんて遠くてしかたないっつーかそこにいると孤独を感じるくらいなのにね。

だって、アジア系のハウスパーティばっかり行くじゃんっていっても、それは、非アジア系の子からハウスパーティ全然呼ばれないから行かないだけであって、私は呼ばれれば行く。私がアジア系のパーティにばかり選んで行って、非アジア系のパーティに行きたくないから行ってないわけではない。アジア系の子が私に優しくて、誘ってくれるから行く、っていうそれだけの話なんだけど。

確かにロサンゼルスはすごいレイシストな街で、アジア系の子はアジア系の子で固まるし、ラティーノはラティーノで固まるし、それは否定できない。でもそれを「自分の心持ち」みたいなのに帰結されて、マジで切れそうになった。なぜなら私はそういう風に人種ばっかり気にしてるのは、お前らの方だろう!って言いたかったから。

遊びに誘うと、「それってアジア人の集まり?」とか「何人が来るの?」って聞いたり、私の友達とか過去の彼女が何人の割合が多いとか、人種統計をとって分析してるのはお前だろ?って。

私は別に人種なんて気にしてない。
確かに結果的に偏りはあるかもしれないけど…。

現に、一番仲いいレイチェルはアジア人じゃないじゃん!
それなのに、なんで「ゆうはアジア人とばっかり」なんて言えるの?

私はどんなイベントだろうと、あんたたち全員を誘ってるじゃん。それを「アジア系」だの「ラティーノ系」だのと分けて、来たり来なかったりするのはあんたらじゃん。

West Hollywood はアジア系が多くてLong Beachはラティーノ系が多いとか、そういうのもわかるけど、私は両方行くじゃん。でもウェストハリウッドの方が出会いが多いのはそれは事実で、別に自分はいつも同じようにニコニコしてるけど、単にウェストハリウッドの子の方が私にナイスだってだけの話なんだけどね。

そんな感じでひとしきりいいあった後、でも結構すっきりして仲直りした感じ。
最近レイチェルとは、クジラの件もそうだけど、ムカつくことをガンガン言うようになってる。
私はムカつくことを言う時必要以上に怖くなってしまう癖があるのだが(汗)
友情を壊さないように気を付けたいと思う。
何故ならまじでレイチェル愛してるから!

で、レイチェルとはお互い思ってることを言って、理解を深めあえたとおもったけど、今日来なかったラティーノの子達には正直蟠りが残っている。ラティーノグループの中でも、そういう「アジアがどうこう」とか言い出すのは二人だけで、あとの子たちは普通にクールなんだけどね…。

でも彼女のいってることも事実で、私は確かにその少数のラティーノ達とあとはアジア人しか友達or知り合いいなくて、白人と黒人の友達が全然いない(白人もレイチェルしか友達いない)。アメリカ来た直後は皆に話しかけてたけど、今はもう話しかけなくなってしまった。何故かわからないけど頑張って違う人種の人と仲良くなるのが疲れるって感じなのかな。そこまでして「政治的に正しい友達グループ」を作りたいとは思わないし、自分たちのグループが政治的に正しいっていうことの担保のためだけにグループ内に黒人とかいてほしいとは思わないしそんなことはその子に失礼だと思うから。仲良くなる時は自然と仲良くなると思うし…。

…。まとまらなくなっちゃった。
でも人種についてってホントなんか深いというか、結構私も正直ひっかかってたので、いろいろ考えちゃった。また書くと思うよ!

実際私も新しい女の子にあったら「何人だった」とか書くしね。
今日会った子はハーフ中国人でハーフアイリッシュだった。とか。

皆人種を気にしてるんだよね。アメリカって。

何人?アジア人じゃないよね?え?アジア人なの?どこの国出身?って皆気にするもん。
バックグラウンドがわからないと落ち着かないのか。
ベトナム出身ならベトナム出身、日本出身なら日本出身で、何かわかったつもりになれるのか。

てか今日はマジで日本語下手すぎ。まじですまん。
まあブログを書くのも久しぶりなので、頑張ってかいた。



【過去に人種について書いたエントリ】

私の肌が黄色いということを私は知らなかった

「境界線や枠を意識しない考えを持つことが素敵」と言えることの特権
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愛と裏切りのTwitter!素直になれないブロガーだった私がいかにTwitter派に転向したか(前編)

いや~。

まいった。
何が参ったって?

私、ブログもうかけない体になっちゃったかも…。
Twitterのせいで…。

はじめはほんの浮気のつもりではじめたTwitter。

いつだって私の本命はブログ!絶対ブログにもどってくるからね★

って信じて疑わなかった。


twitterでずっと仲良くしていた人がbotだった


とか読んでも

え、Twitterとかって、人と仲良くなったりするものなわけ?
うわ~。
あたしは、Twitterやってるけど、Twitterの向こう側の人と仲良くなりたいとか思わないし、なるわけないじゃん♪


とか思ってた。




ところが…。


気づいたら、Twitterにずぶずぶはまり。


むしろ、Twitterがメイン。


浮気のはずだったのに、そっちが本命。

ブログはすっかりおろそかになってしまった。


なんでだろう…。

その理由を考えてみた。


(つづく)

We Reserve The Right To Refuse Service To Anyone

We Reserve The Right To Refuse Service To Anyone
(私たちは、誰にでもサービスを提供することを拒否する権利があります)

アメリカのレストランやサービス業のカウンターにはこういうサインがかかっていることがよくある。それだけ「困った客」が多いからだろうかなどと思うが。実際、人種や性別などに基づいてサービスを拒否することは差別として法律によって禁止されているが、そのような差別に該当しない場合において、このような「もしもお客様が事業主の意に沿わない場合は、サービスを提供しないポリシーを掲げることは許されている。

で、このようなポリシーは、例の「お客様は神様です」といっていいでしょう。てか、そもそもビジネスを運んでくれる「お客様」がありがたいのは当然。この気持ちを大事にしようというところまではOKだと思うけど、問題は、このお客様が時に、メイクセンスしない(というかはっきりいうとどう考えてもおかしいよね?という)ケースがある場合。

具体的に思い浮かばない場合は、この本でも読んでほしい。

社長をだせ!―実録クレームとの死闘
川田 茂雄
宝島社
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ま、上のような悪質クレーマーに代表されるような「メイクセンスしない客」に対しては、はっきり「あなたにはサービスを提供しません。お客になっていただかなくても結構です」といって無理に客でいてもらう必要はない。返品なり契約解除してよいと私は思うし、そういうポリシーを明確にしているのが冒頭のサインだと思う。でも「お客様は神様です」カルチャーにおいては、客にどんなに理不尽なことを言われてもそれに対応しなければいけないし、それが「是」とされ、時には美談かのように語られる。

別にお客を選ばないビジネスがあってもいいと思うけど、私がビジネスをやるとしたらクライアントは選ぶと思うし、それは何も私に限らず多くの事業主が無意識にしている普通の作業だと思う。その無意識のフィルタリングを経た上で初めて「お客様は神様です」というのが成立すると思うんだよね。
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