地震

「あの時、どこで何をしていた?」

そう聞かれるような大事件がある。

阪神大震災、地下鉄サリン事件、911同時多発テロ…。

311も同じようにいつまでも語り継がれる事件となることだろう。

おくやみの言葉や、復興への希望、応援、寄付の呼びかけ、そして、原子力発電に対する思いなど一杯書きたいことはあるが、情けないことに、今は何もまともに書けそうにない。

家族や親戚から送られてくる言葉に現実感がなさすぎて…。

自分が、何を書いても、薄っぺらい言葉になってしまいそうで。

何も言えない。

ただ、気づいたこと。

それは、自分がいかに「日本」という存在に無意識に精神的に頼っていたのかということ。

今まで私は日本という国の存在が自分という人間のアイデンティティに影響を与えているとはあまり思わなかった。でも、日本がこのように被災し、世界から「祈られて」いる状況になってはじめて、それが、例えば、ハイチの地震や、中東情勢のニュースとは全く違うレベルで自分に影響していることがわかった。

世界中のどんなニュースにも興味を持とうとしていたつもりだったけど、そんなの、全然甘かったんだなって思った。あと、自分の精神的なもろさにも気づいた。Twitterで流れてくる情報に簡単に心を乱されてしまう。裏づけや、冷静な意見を流す人を見て、偉いなと思う反面、自分が情けなくもなりました。

うーん。

これから自分に出来ることはなんだろう?

考えると憂鬱になってしまうくらい、自分一人では何もできない。

でも、「希望」を失わずに毎日を精一杯生きていきたいと思う。

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