2001年11月の日記

過去ログより転載。毛がどうこうって、当時から書いてるのにウケた。変わってないな~と思う部分と、変わったな~と思う部分が同居。


やる気が起きない・・・

ああ・・

これって、アレかなあ?

アレがまた来たのかなあ?
なんて思ってみたり。


言い訳してみたり。

許されるわけないのにね。

期待されるのって苦手。

手紙をもらうのは嬉しい。

でも、期待されるのは、結構重荷。


あーあ。

全てからキレたいよ。

全てをキリたい。


何したいだろう?


セックス?

いいねェ。

でもなんかヤルキ起きない。

ヤリタイってキはあるんだけど、

なーんかねー。


はぁ。

今日はここでやめ!



大音響


おちていく

ゆれる

とまる

せかい

まわる

その中で

ピタリ

わたしだけがとまった。

くずれる


おわる

耳元で

音が鳴る


他人だらけだ、


私はここで何をしているのか?


どんどん見失っていく


忘れる。

頭をふる。

全てがボヤケタキリの向こうへいってしまうように


全てを忘れられるように

何も考えたくない

しかし、さっきの光景が目にやきついている。

・・・キミの相手は誰だったんだ!


ダメだ。

どうしても

よけいなことを考えてしまう。


ケイコ、ゼミ、中野、塾、九月、二週間、落語、歌川くん、メール、勉強


私は


楽しくない

今、ここで


誰の目もみず

誰の体も抱かない


敗北感を、

おしつぶす。


敗北感。

くそ。

なぜ


私は

うまく

やれなかったのか?


アオイ、亀男、落語、歌川くん、タケ、街、パイロット



いやな、やりきれない気持ち

自己嫌悪・無力感・劣等感

留学をきめた友人へのせん望、嫉妬。

私だって留学がしたいと思った。

じぶんだってやればできたのだと


考えている、やりもしないで

なんと苦いのだ

本当にやりたいと思えば、私にもできるのだ

だから、徒に人をうらやむより

早く自分のことに全力をついやすのがよい。

不安なのだ、将来が

怖いのだ。

未来。

うまくやれるか、わからないのだ。


ただ一つの未来を選ぶことによって

それ以外の可能性を捨てることに

つながるのではないかとおびえている。

立ちどまったまま、あせりだけが

加速していく。



昔の友達から電話があった。

その子の名前を聞いた時、私は少しビビッた。

その子の名前はトン子。

私は、本当は誰よりこの子と、見苦しく暑苦しい関係を築いたのだ。


美化しようもなかった。

だからこのサイトにもかけないでいた。

いつか書くだろうと思ったが。

時々思い出す程度で、ニガかった。

私たちは、離れてからは、できるだけお互いに感心がないふりをきょうそうでやった。

この子のことを忘れたくてもそうできるはずもなかった。


トン子と初めて会ったのは、中学二年のクラスがえの時だった。

私は、のちに仲良くなった子から「あんたの第一印象最悪だよ」と言われることが多い。

詳しく聞くと、突然苗字をよびすてしたり、なれなれしくしたり、ずうずうしいということらしい。


トン子もそうだった。

私はトン子に近づくと「ねえこの名前なんて読むの?」と聞いたそうだ。私は覚えてない。

その読みにくい名前の読み方を聞かれることになれていたトン子は、めんどうくさそうに教えてくれた(に違いない)

ともかく、それが私たちの出会いだった。


しかし、それからも、私たちは大して仲良くならなかった。

中学三年生になって、大きな同じグループにいたけれど、私たちは、別に仲良くならなかった。

同じエンピツの芯と消しゴムの部分、って感じ。

どうもトン子とは心をひらいて話したことないし、わからないやつだよな。と思った。


私は、バカみたいに男子の友達を増やそうとやっきになっていた。


でもトン子は、子どもっぽすぎて、ゴウコンには誘えなかった。

その頃の私たちの共通点は、そう、理科室で飼っていたミジンコに魅了されていたことくらいかな。

昼休みに、「ミジンコを観にいこう!」といって私たちは理科室まで走った。

バカみたいに笑いながら。

本当にそれが楽しかったのかどうかはわからない。

わすれた。

でも、それがささいなことだとしても、誰かとつるんで、何かにむかって一緒に走れることがその時の私には嬉しかった。


その年のトン子の年賀状には「今年もミジンコ頑張って観察しようね!!!」と書いてあった。

ばかじゃねえのコイツ、と私は少しあきれて笑った。


それから、高校に進み、私たちはクラスが離れた。

また二年になってクラスが同じになった。

だからって別にそんなに仲良くならなかった。

何か照れくさかった。

なんだろうね?

私たちは、わざと距離を置いていたのかもしれない。

あの頃のガキっぽい私から。


私はクラブ活動に燃えていたし、それから、クラブの友達ヤヨイとかうっちんとかの関係に必死だった。お酒を飲むことに必死だった。ゴウコンに必死だった。ばっかみてぇ。



トン子はいつも三人組でいた。

彼女達も彼女達でいろいろと遊んでいるんだろうけど、人脈が全く違うので、
私は彼女のことはわからなかった。


でもある時、席がえで私は彼女と隣になった。

そして、私は照れくささを捨てて「やあ!」と言った。

それから私たちは少しだけ仲良くなった。少しだけね。

でもここらへんのことは、だいぶ忘れちゃった。


ともかく、私は彼女に、クラブでのこととか相談したのかな?

アサミが好きでたまらん!ってこともよく言ってたし。

それから、また教室でミジンコを飼おうと計画して、水槽を持ち込んだ。


かってに「飼育係」と名乗ってね。

そうだ。

中学の時、同じクラスだった子と何人かで「ミジンコ時代」を再現しようとした。

川の水をすくってミジンコがいるかどうか見た。

太陽にすかして。

疲れていたんだろうな、きっと。

私は彼女と話したり、ばかなことをやるたびに安らぎを感じた。大体は。


でもそうだなあ。

どこかで後ろめたさは既に感じていた。


つまり、彼女は私が疲れた時に、きらくに接することが出来て、そして、皮肉をいったり、いいまかしたり、時にはなぐさめてもらったりして・・・それってトモダチ??


私はトン子がどんな恋愛してるか知らなかったし、どんな子と遊んでるのかも知らなかった。

まあ多分カレシなんていないんだろうと思った。

なんとなく。

ところがあるとき、トン子が自分の恋愛の存在をほのめかした。

私はそれで、衝撃を受けた。

まじ?

それで私はうろたえて、うそでしょ?トンちゃん、カレシいんの?

と聞いた。


しかし、トン子はむかつくほどに、じらした。

「うーん・・・」
そして、それに続く沈黙。

私は涙を流して、なに、まじで?どこの人?どうやってよ。と聞いた。

教室にふたりで残っていた。

別のクラスの子がはいったけど、すぐに妙な雰囲気をさっしてでてった。

今考えるとホントバカみたい。

どうだっていいじゃん、そんなこと。

でも私はどうしても知りたかった。

今だって、そういう気持ちに支配される可能性は充分ある。


だからバカみたいだとは言うが、それを完全に克服はしていないのだ。

トン子に何でもいってほしかった。

そのことによって、私は彼女の「友だち」なんだと確認したかったんだろう。

しかしダメだった。悲しかった。

多分トン子はその時、何もなかったのかもしれないし、何かあったのかもしれない。

が、沈黙を守ることで自分が私の道具なんかじゃなくて、人格を持った人間だと言うことをアピールしたのだろう。

つまり、その時の彼女は私の「道具」であって、友だちではなかったのかもしれない。


私とトン子は、どうやらいくつも同じ大学を受けた。

はじめの学校は受験番号が近かったので、同じ教室でテストを受けた。


私たちは合格発表も一緒に見にいった。

トン子は落ちていた。

私は合格したがフクザツな気持ちだった。

トン子はそこらへんを歩いてから帰るよ、といったのに、私はどうしたらよいのかわからず、
一緒についていった。

近くに彼女の祖父の墓があり、それを見舞った。

ひしゃくで水をかけた。

頭が痛かった。帰ったら風邪を引いていた。


トン子は、どういうわけか受ける大学大学全て落ちた。

私たちは結局別の大学に入った。


そのことで私たちの間に、何か亀裂がはいった。

トン子は「**(私のこと)は無神経」とはきすてるように言った。

そのとおりだった。

私は進学先のないトン子にむかってどこにいけばよいかきめられないと嬉しそうに言ったから。


私は「でもサークルなんていろんな大学からはいるんだから、一緒にはいろう」と笑っていった。それでトン子をきづかったつもりでいた。


それから…

なんか、めっちゃ長くなりそうなのではしょる。

大学にはいってからが、一番彼女と濃くつきあっていた期間ではあるんだけどね。

まあともかく、サークルにはいって、トン子はホントに男の子とつきあった。


そして私は不愉快になったし、彼女以外にもサークル内でいちゃつく男女にたいして皮肉ばっかりいった。

トン子と仲良くなろう、と大げさに振舞った。

つまりは頼った。

自分の話を聞かせた。

トン子はそれを嫌がっているのかもしれない。
いやそうだろうとどこかで思ってたが。

まあひらたく言えば独占欲なのかなあ?

わかんないや。

そして、お互いつかれた。


…省略。


私が多摩美とどうこうしてた時に、トン子から電話があったのね。

私はそこで焦った。

男の子とうまくやってるよ、男サイコーくらいのことは口走った。

そうしたら、トン子がふうん、でもなんか**は女の子の方があってると思うけどね。といった。

今までつきあっている男の子とずっとうまくいかなかったことを彼女は知っていたからだろう。

私は焦りに焦って、そんなんじゃないよ、高校生の時から男の子は大好きだったんだ。といった。

セックスしてたの?

とトン子は聞いた。


そうだよ。

ふうん。

・・・。

じゃあ、切るね。

トン子はそう言って切った。

怖かった。


それから、私たちは自然と連絡をとらなくなってしまった。

いや、私のほうからいえば、できるだけトン子から遠ざかろうとした。

怖かった。


一度レズビアンなの?みたいなことを聞かれて、否定した相手に、カムアウトするのはとっても難しい。

怖い。

自分があの時嘘をついていたんだということを認めなければならない。


いつのまにか、私はトン子なんていなかったように思えていた。

でもいたのだ。

彼女は電話をかけてきた。


トン子の電話は、たいした用事ではなかった。

ただ、最近連絡全然とってなかったじゃん。

どうしてるかなあと思って。


それを聞くと、ああやっぱり、トン子って親切だなと思った。

変わってない、舌足らずな話し方を懐かしく思った。

しかし、どこかで居心地が悪いのも事実だった。


いろいろ話して電話を切った。

今度一緒に映画でも見ようと言って切った。

でもそれをなんとなくの約束で終わらせればよかったかもしれないと思ってる。

なんだか、怖い。

私はカムアウトしたいんだけど、できない気がする。

自分があの頃の自分に戻りそうで怖い。


克服したと思い込んでいた問題はいつもそこに居座ってる。

どうなるんだろう?



昨日は、わりかし早く寝たのに、今日朝どうも起きられなくって二度寝してしまいました。

むぅー。

朝パッと起きられると、めちゃくちゃキモチイイんだけどね。

毎日起きられるとは限らないのです。

何か、いい方法ないかな?

今私は、何度もなる目覚ましで起きてるんだけどね。ピピピピッピピピピッ
てやつ。

この前テレビで、小鳥の声だと目覚めやすいって言ってたので、ハンズでもいってみてみようかな。


でも今の目覚まし形とか超おきにいりだから、捨てたくないし。



アタシねー

ケの濃いオンナってすき。

毛。

ちゃんと手入れはしててほしいけど、

ほら、人間って、眉毛とか、まつげとか、もみあげとか、頭髪とかを観察することによって、

大体、体毛分布ってわかっちゃいません?

そんで、きっちりまゆげとかととのえてるけど、こいつ、隠しようがなく、「濃い」な・・・ふっ。

なんて思わせてしまうオンナが好きです。


そういうヒトって、なんか生命力旺盛な気がする。

なんか、もりもり食って、汗とかかいて、元気に毎日生きてる感じ。

実際、彼女のライフスタイルがそうじゃなくたって全然いいのだけどね、そういう身体に横溢している
どうしようもないエナジーっていうの、いい。


・・・ということを、宇多田ヒカルのポスターをみておもった。

FOMAのポスター。

かわいーなあ。

もう!

ヒカルってさ、一歩間違うと「ぶす?」って感じの写真うつりになるとこもまたいいんだよね。


しかし、あのポスターはマジでかわいい。

きゅー。



昨日の更新の一つとして、今過去の日記を一時的に公開停止しました。

理由は書きません。


私は、自分の日記というの、結構好きで、よく読み返します。

しばらく前の自分の考えというのは、意外にすっかり忘れてしまうものなので、日記を読むと、驚きや、当時は見えなかった発見なんかが
あり、面白いです。

そう、自分で書いたものだから当然なのだけど、面白いと思います。

(これは、誰であっても、そうなんでしょうね。
どんな凡庸な日記でも、書いた人にとっては、スリリングで面白い文章なのでしょう)


個人的には、この前も書いたけど、片思いをしていた時期の日記と、それから去年の10月くらいの黒いバックの時のくそまじめっぽい日記が
気にいっていて、よくその部分を読んでいました。


しかし、今回、それいがいの部分を読んだところ、なんだか、むずがゆくなって、ひとまず引き上げたのです。
でも、私は、自分のサイトの中で、過去の日記というのも重要な(?)コンテンツの一つだと思っているので、いづれまたアップします。
そうですね…適当な形にreviseするなどして。
本当は、過去書いたものを消したり変えたりするのは面倒だし、やりたくない。
まあそんなことしなくってもいいのかもしれないけど(これまで一年半それを放置してたわけだし!)、落ち着かないので、適当にやります。
まったく面倒くさい。



馳星周『不夜城』

噂にたがわぬ面白さでした。

読み出したら、まさに眠れなくなり、その日のうちに読了。

頭がアツくなりました。

ハード・ボイルドというのは、こういうの、なんでしょうな。

みなれているはずの歌舞伎町が、まったく違う面を持っていることに驚きました。

いつか、二丁目を探して、めくらめっぽうに自転車で歌舞伎町を走りまわりました。


バッティングセンターから、区役所通りまで。

今思えば、まったく見当違いも甚だしいのですが、その時、自分の知らない世界が、無数に広がっていることに眩暈を覚えました。

色とりどりの小さい看板たち。

街を歩く人々。

私にとってそこはまさに非=日常でした。

この小説は、その非=日常の世界に私を連れ出した。

ラストシーンは、はじめ納得いかない!と思ったけど、これもまたハードボイルドってやつなのでしょうか。


・・・しかし、こういう作品を読むと、この作家はいったいどういう風にしてこんなリアルな世界を描き出してるの?と思ってしまう。
巻末に、参考文献として、中国マフィアについてのノンフィクションなどが挙げられていたが、そこからこれだけのドラマを描き出せる馳さん
はすごいね。


鈴木いづみ『女と女の世界』


私は、すでに死んだ人、若くして死んだ人、派手に死んだ人、自死した人、などを、彼らが死者だからという理由であがめたてまつったり、
特別視したりするのが嫌いだ。
ハイエナみたいな歴史家になすりつけられた“伝説”なんかじゃーなくて、その本業をあるがままにあじわいたいのに、
時にはそれが難しいからだ。
だから、この本の著者紹介のやりかたにはかるぅい反発めいたものを感じた。
でも、あまり深く考えないで、読んだら、意外に面白かった。
いままでの私にはあまり馴染みのない感じの感触だった。
それはなかなか面白かった!


不思議にかるくて、でもどうしようもなく暗いものがその裏にある、っていうかね。


重松清『エイジ』

どこかの新聞でちらっと見かけて、「キレる」「14才」「ナイフ」という文字を見た。

ちょうど、世の中が中学生に怯えきっていた時だった。

(あぁ、大人が、わかりやすいお話を求めてるのね)

私はシニカルにそう考えてながした。

エイジっていう主人公の名前がカタカナなとことか、「シャレになんねーよ、マジ」なんていう話言葉が
同時代性を胡散臭いほど感じさせて、たしかにどこか心にひっかかった。

私も、「キレる中学生」に対して無関心ではいられなかったのだろう。


そして、かってみたら、読みやすくって、するするするっと読んだ。

なかなか面白かった。

ラストシーン、クラスメイトがタカやんをむかえるあたりが、微妙にうそくさいけれども、でも全体的にとてもリアルだった。
女の子は「そうね」「知らないわ」なんていわない。この小説の中では。

そういうとこがかなり気にいった。

それから、私は、小説の中で主人公の恋がいとも簡単にかなえられることに常々不満をもっているのだが、その点でも、この話はリアルだった。
明るい予感をもってしめくくられているので、そうね、中学生も読んでよいと思う。というかむしろ薦めるね。


私は公立で、男女共学の中学って想像つかないんだけど、こんな感じなのかな?

なんかあまずっぱいや。

いいな。

いいな。


一緒に帰ったり、皆近所とかそーゆうの。

いいな。

ヤンキーをおそれたり、クラスメイトに片思い。

いいなー。

中二くらいで、明らかにセックスしてるやつと、ガキまるだしのやつの差が歴然としてくるとことか、
この身をもって体験したかった。
なんて思った。


ジョン=アーヴィング『ホテル・ニューハンプシャー』

『サイダーハウス・ルールズ』を読んでいるときからうすうす感じたけど、

『ホテル・ニューハンプシャー』を読んで、それは確信にかわった。


アーヴィングは、私の中でナンバーワンの作家になった。


この本を上巻だけ、中学か高校の時に読んだことがあるとは、信じられない。

いっそ、なかったことにしたい。私には本当に目がついていたのだろうか?

そして私は脳みそをつかって読んでいたのか?

映画を中学生の時にみて、その中のレイプシーンにとらわれて、そこだけ何度も巻き戻してみた。

人間てセックスの時に、あんなに笑える腰の動かしかたをするんだ!という驚きはいまもあざやかだ。


そうだ、本も、映画の中のレイプシーンを探すためだけに読んだようなものなのだ。まったく。

何を考えていたのだろうね、当時の私は。

本が好きといっても、なんにもわかっちゃいなかったんだね。



自分がこの文章を今度こそは、ちゃんと一行一行意味をつかみながら読んでいること、そしてそのよさをこんなにも強く感じていることに感動した。
今は受けとれる自分であることに感動した。


いやー・・・。

マジで面白かった。

ガープの世界やサイダーハウス・ルールズと比べるとちょっとセンチメンタルな部分が多いように感じたが、

そんなところもまたよい、たまらなく。

面白いというだけではなく、そこから何か大切なものをうけとったようにおもった。


アーヴィングの作品の登場人物は、なぜあんなにもみんな魅力的なんだろうね。

悪役じみた人物もいるけれども、それでも、何か面白みがある。

不愉快な人間だとしても、どこかで救い(?)がある感じがする。


それから、誰かにあらすじを話すとすれば、まったく荒唐無稽な設定であり、ストーリーなのに、なぜこんなにも自然に読めてしまうんだろうね?

ん~すごい!

すごいざんす!

いや、読んでよかった。
心から。

この本は図書館で借りたのだけど、古本屋をみたら、100円で上巻が売っていたので買った。早速。

心の底から得した気分だ。嬉しいなっと。


あと、二冊くらい書きたい本があるんだけど、トイレに行きたいので今日はここまで。



細かい更新いろいろと。

リンクとか。


いろいろとね。

しましたー!



私がビートルズが好きなのは、母親の影響です。

そして、母親が好きな曲を私も好きになった。


...something in the way she moves

attracts me like no other lover...


ビートルズで好きな曲は?と聞かれると、いつもサムシングと答えた。

その曲が本当に好きだったし、それにイエスタデイと答えるよりは、つうっぽく聞こえるかと思ったから。

本当は好きな一曲なんて決められない。


でも、サムシングは本当に大好きな曲だ。


それからヒアカムズザサンも好きだ。

乾いた軽さと明るさがある。


タックスマンは、あまり聴かないけど・・・

目立たないところで実はハンサムかつマニアックな趣味を持っているジョージが私は好きです。

ソロとか全然知らないのですが・・・。

でも、もう今はいない人の曲を聞くというのは、何か悔しいというか、悲しい。

とくに、それが、いなくなったばかりの人だと。

先月聴いていれば、私は目を閉じて、この世界のどこかで、この旋律を生み出した誰かのことを思い浮かべることができたのに、
今はもうできない。


彼は、モーツァルトとかバッハとかカートとかの側に行ってしまった。

それは何か、不思議な感覚。



自分が心から誰かを「愛し」「尽くして」いる。

その時に、その相手は、自分のことを「都合のいい女」くらいにしか思ってくれない。

その相手は、自分に対してトキメキを感じたことがない。

せいぜい、自分が、おめかしして精一杯笑いかける表情だとか、
何時間もかけて用意する食事だとか、惜しみなく与える肉体だとか
下の方に手垢のついたマフラーだとか、
そういうのに対して、ほんの一瞬罪悪感と感謝と不可解さの入り混じった「愛しさ」を
覚えるくらい。


こういうことは、実際にある。

悲しいことだがある。



自分が誰かのことを本当に友達だと思っているときに、

相手は自分のことを出し抜くべきライヴァルとしかみていない、とか。

自分が落ち込んだ時に、愚痴をこぼすだけの「慰めや」としかみていない、とか。


そういうことも、実際にある。


まず、それを認めるとこからはじめよう。

悲しい現実?

でも、それはそこに「ある」んだよ。

そして、明日にでも、あなたの身を襲うかもしれないんだよ。

関東大震災みたいなもんだ。


あの惨事は、教科書の中のことだけじゃなくて、実際に起こりえるのだ。


次に、これらの不合理な関係がある、と理性では認識していても、

自分がそこにまきこまれると、つい判断力が鈍ってしまうという問題がある。


頭のどこかでは「もう、見込みないんだろうなあ」と思う。

相手は自分のことが好きなのじゃないと、どこかで分かっている。

私との気軽な会話や、趣味の合う音楽の話や、一緒に買い物することや、あとくされのないセックスや
そういうことが楽しくっているのだと、分かっている。

私だってそう愚かじゃないつもりだから、見込みが薄いことくらいわかるのだ。

私が相手のことを好きじゃないんだろうなとはわかっているのだ。


でも、それでも、なぜか止まらない。


そうだ、とまれないのだ。

それが恋愛の恋愛たる所以なのだろう。

私も、以前、年下の女の子に熱烈な片思いをしていたので、よぉーっくわかる。

今思えば、恥ずかしいようなことも結構していた。

が、当時の真剣な気持ちを今でも覚えているから、当時の自分の行動を笑い飛ばす気にはどうもなれない。

うん。

本当に不思議だ。


だから、昨日書いたような、「ヒドイ女」と私がつきあっていたとしても、

私はやっぱり別れられないのかもしれないね。


「あたしだったらわかれるけどね!」

傲慢にもそういいきれるのは、それが他人の身におこっているできごとだからかもしれないね。



最近更新がなかなか出来ないでいました。

なぜなら、いろいろと忙しかったからです。

遊びに行ったり、勉強したり、電話したり…そういうことを頑張っていたからです。

その間、わざわざ見にきてくれたかたがた、どうもすみませんでした。


さて、今日は何を書こう。

正直言うと、最近、どうも文章がうまくでてこないのですー。

うーん・・・・


こまったな・・・・


いろいろ考えてはいるんですけどね。

それをどうもうまく言葉にできないんです。

やっとのことで書いても、なーんか無意味に思えちゃって、アップロードする意味がないように思えちゃうんです。

こまったものですね。


その代わり、またいつかどかんと波がきて、いろいろかけるでしょう。

その時まで、静かに本を読んだり、勉強したりしているつもりです。


もうすぐクリスマス、なんていって街も、友達も騒いでいるけど、私はまったく心しずかです。

クリスマスに指輪を交換して、愛の名のもとにセックスするなんて悪趣味なこと嫌いです。


クリスマスに恋人がいないといって焦るのは、髪の毛を切った子に「失恋?」て聞くくらい、ばかげたことだと思う。


最近ヘテロセクシュアルの子がつくった恋愛系サイトをよく見てるんだけど、かなりロマンティック・ラヴ・イデオロギー
におかされてるな、と感じる。

彼が最近冷たい。でも信じる。与えつづけるのが愛だから…とか。

おまえ、それ、だまされてるんだよ。って思うけど、言えない。

そこで、だまってずっとロムってると、驚くほど、理不尽なんですよ。相手が。

おまえ、それでも耐えるの?おまえ、むしろマゾ?とか思っちゃうんだけど、耐えている。

まあ例えば、男が部屋にくると「疲れた」しか言わないし、クリスマスとか正月の予定もたててくれないし、メールも電話もくれないし・・・
とかって。

あたしだったら、彼女がそんなんだったら別れるけどねー。まじで。


だって、つきあってても悲しいだけじゃん。


傷つくだけなんでしょ。

「与えるのが愛」それもいいけど、自分に余裕がないのに、そんなしがみつくように「与えて」も、
相手も、愛されてるとは思わないと思う。

むしろ、利用するだけだよ。

弱い人は、利用しやすいんだから。

弱い人は、ちょっとした見返りですぐ本気になって、いろいろしてくれるんだから。

そう思われてるだけかもよ?


・・・なんて言っても、その人はわかんないんだろうねー。

恋愛ってホント、難しいね。

思い込んだらネコまっしぐら!ですから。



子供が欲しかった女性に、子供が生まれた、というそれだけのシンプルな事実なら、素直におめでとうと言える。


「おめでとう」


でも。なんかおかしいっつうかうそくさい。

なんかセブンイレブンから、なにから「新宮さまがどうちゃらこうちゃら」とゆう張り紙をしているし、
テレビをつければ、老いも若きも「おめでとうございますぅ~」「明るい話題ですねー」ってさあ、本当に思ってんのそんなこと。
なんかむずむずする。だいたいそのいんちきくさい敬語はどこで憶えたのって感じするし。


私は、天皇制廃止論者なんかではない。

しかし、あまりにも多くの人々が、この制度(とそれにまつわる、妙な名前の儀式や、妙な言葉づかい)を
無自覚に受け入れていることに対して、不思議さと怖さを感じる。

この儀式にかかる費用だとか、その儀式が神式にのっとっていることの意味とか。

なんで「さま」とつけるのか。
考えもしないで、やってるのってヘンじゃない。


関係ないじゃんどうだってと言い切るのは、innocentではなくignorantだね!


前も同じようなことを書いたけど、こりゃ、今でも、理由なんてよくわかんなくたって“天皇のため”といわれれば
死ねる人なんてたくさんいるんじゃない。戦後民主主義バンザイって感じだね。ハッハッ!





関連記事
スポンサーサイト
にほんブログ村 セクマイ・嗜好ブログ 同性愛・ビアン(ノンアダルト)へ 👈応援クリックお願いしますm(__)m

comment

comment form
公開設定

trackback


→ この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。