【小説】赤い目の男二人

昔書いた短編小説を載せます。
赤い目の男二人

電車の窓の外に、眠たい風景が流れている。ゆっくり流れている。小説ではいつも旅にでた主人公は、窓の外の風景を眺めて物思いにふけることになってるけど、僕はどうしてもそんな気分になれない。何か不吉な感じがした。何か大切なものを忘れている気が。窓の外の眠たい風景を見ると、何かを思い出してしまうようだった。僕はため息をついて自分を落ちつかせた。

座席はボックス型で、目の前には、年上の男が眠っていた。その隣には、金髪の若い女がウォークマンを聞きながら軽く頭を振っている。僕の隣は空席で、僕はそこに自分のささやかな荷物を置いていた。

通路を挟んだスペースには、ぼんやりした顔の男や女が数名。草色の制服に身を包んで、どこかへ移動の最中らしい。考えてみれば、この電車は思ったよりも、込み合っていて、座席はほとんど埋まっていた。それとも僕が田舎を想像しすぎていたせいなのか…。

電車が停車した。年上の男が目を開けた。目が赤く、なんとなく涙ぐんでいた。少し酔っ払っているようだった。彼は立ち上がって、窓の外を見た。僕は足をひっこめたし、金髪の若い女も体を引いて彼が下車する邪魔にならないようにした。

「ここ、どこですか」彼はおもむろに若い女に話しかけた。女は、「えっ」といってイヤホンをはずした。
「ここ、アカメですか?」
「いえ、まだです」
「あっすみません」
男はそういうと、また座席に座った。なんとなく、おかしな気分になって、僕は笑いそうになった。年上の男は目を閉じた。

アカメという駅のことを僕は知っていた。
実際、自分もそこで降りて、電車を変えようと目論んでいたのだ。アカメはこの沿線では、かなり大きい方の駅で、そこでは多くの乗客が降りるはずだった。だから、駅名表示を見なくても、この線をよく使う人間であれば、アカメかどうかは簡単にわかるのだ。

男は駅に着くたびに窓から外を見わたし、駅名表示を確認していた。その動作は、少しこっけいだけれど、なんとなくかわいらしく思えた。

電車が次の駅についた。この駅はアカメほどじゃないけれど、やはり別の路線と乗り換える客が多く降りる。男はその気配を察してまた立ち上がった。
「すみません、ここアカメですか」
女はまたイヤホンをはずして、「え?」と聞き返した。前と同じことを聞いているのだくらいわかりそうなものなのに…僕はまたおかしな気分になってにやにやした。
「アカメはまだですか?」
「はい?」
「まだアカメじゃないですか?」
「まだです」
女はイヤホンをはめなおし、男は目をつぶった。

僕はなんとなく、男に「まだですよ」といいたかった自分を発見した。金髪の女は、ウォークマンに夢中だし、男の質問を推察するだけの脳みそを持ち合わせていないからだ。僕はアカメについたら、自分こそがすかさず「つきましたよ」といってやろうと思った。

ところが、そう考えていたのは僕だけではなかった。
アカメにつくと、通路を隔てた草色の制服のグループが口々に、おおーい、お兄さん、アカメだよ!と叫びたてたのだ。僕は、自分も下車の用意をしながら、男をみた。男は「あ、どうも」とにこにこ笑って、そのあとものろのろしている。ああこの人はもしかしてアカメで降りたかったんではなくて、単にアカメが過ぎたかどうか知りたかっただけなのかもしれない…と思ったとたん男はドアをするっと抜けた。僕も急いであとを追った。

男の足取りがふらふらしているように思えて、僕はなんとなく、あとからゆっくりあるいた。彼が転ぶかなにかするんじゃないかと思って。すると男がきちんと振り向いて僕を見た。目が合った。

「こんにちは」
「こんにちは」

なんだか、変な状況なのかもしれないけれど、僕は特に怪しむこともなく挨拶した。なんだか何もかもがどうでもいい、というか、流れにのっていこうじゃないかといった気分だった。

「お仕事ですか?」

僕は自分の服装を見た。灰色のスーツに、封筒を持っている。ああ、僕はいったい何をしてたのか忘れるところだった。それにしても、今日は、平日だったっけ?

「ええ・・・ちょっと届けなきゃいけないんです。午後中に届けてそのまま帰っちゃえばいいんです。」

「そうですか。大変だね。お休みの日なのに」

やっぱり今日は休日だったらしい。

「いえ、そんなでもないです。仕事ですから。それに…」

僕は肩をすくめた。男も、そのしぐさを真似た。

「あなたは旅行ですか?」
「まあそんなもんです。」

男は、遠くを見るような目で答えた。相変わらず少し血走って、涙ぐんでいた。

こんなことを言うのは、おかしいかもしれませんけど…よかったらそこらへんの店で、ビールでも飲みませんか、と男が言い出したとき、僕はちっとも驚かなかった。安らかな気分でもあった。いいですね、といいながら、自分を包む流れが、暖かく、甘く、心地よいスピードで渦巻くのを感じていた。

…もちろん、あなたのお仕事が終わってからでかまわないですよ。邪魔してしまうのは、悪いからね。私はどうせ暇なんですから、そこらへんをぶらついています。アカメの街を見てみるのも面白いでしょう…

こんな封筒を届けるなんて仕事いつだってかまわないんですよ。今はファックスだってあるんだし、こんな仕事…言ってみれば、非道な人員削減をしたと非難されないために、会社が頭をひねってこしらえた職種ですからね…僕のやってることなんてほぼ無意味なんですよ…それに、電車の中で、あなたがしきりに駅名を気にするやりかたは、本当にユーモラスだった…本当のことを言えば、僕はあの時にもう、あなたといっぱいやりたいと思っていたのかもしれませんね。

僕たちは怪しい銘柄のビールを頼んで、乾杯した。彼の手は少し震えている。

「出会いに乾杯」
「本当にそうですねえ」
「しかし人が聞いたらなんと思うだろう」
「いまさら人のことなんて気にする必要もないだろう」

彼が突然厳しい口調になったので、はっと横顔を見ると、半分のみ干したグラスを覗き込んでいる。僕も真似した。

ほら、君の顔はグラスに映ってないじゃないか。

彼が静かに言うから、彼の目を見つめたけど、彼の赤く潤んだ目に僕の姿は映っていなかったし、入りぐちの脇に立てかけてある、くすんだアンティークミラーにも僕の姿は映ってなかった。

でも僕は驚かなかった。
まいったなと言っただけだ。
まいることはないよ。私たちはそんなに珍しい存在ってこともないのさ。
それにこうしてビールも飲める。

彼はそういってビールのお代わりを頼んだ。

あなたはどうしてアカメにきたんですか?

言いたくないなあそんなこと。

すみません。

どうしても聞きたいっていうなら、言うけどさ。よっぱらってホームから落ちたんですよ。そこに、電車がはいってきてぐしゃり、だ。自殺じゃないかって考えたやつもいたらしいです。私は、ちょうど失業してて…紹介してもらった仕事が嫌になって…人間、我慢できない仕事ってあるでしょう?理由は説明できないんだけど、なんとなくさ…とにかく、それで保険の支払いが打ち切りになったとこだったんで、家族もいないし、部屋も月末で出されるところだったし、もうあとは日払いしかないっていうところだったですから。でも断じて言うけど、自殺なんかじゃなかったんです。そりゃあ、そう思われてもしかたないことは認めますけどね。その日は、仲間と飲んでたんです。仲間っていうのは、やめる前の会社の同僚で、僕がどうも苦労しているっていうのを聞きつけて、ご馳走してくれたんですよ。ささやかなものでしたけどね。一人はやっぱり会社を辞めて…といっても独立して今じゃ社長ですから、私とはずいぶん違うんですが…運転手が足りないから、なんなら、うちのところで働けよっていってくれました。私はそんな本気にもなっていなかったのですけどね…それでもずいぶんうれしい気分でした。自分の現在の状況がまずいってことは十分わかっていて…でも自分だってまだがんばれるかもしれない、って一瞬思ったりもしました。一瞬ですけどね。みんなといい気分で分かれてホームに立って…街の明かりがきれいでした。笑いたくなるみたいな気分です。その時、私は足を滑らせて、ホームへころげおち、すかさず電車が入線したのです。

ほう…

私は、話の続きをまった。男は口をもぐもぐさせ、眉毛をひょいひょいと動かして、話す準備を整えていた。

しかしね、別にこれはいいんです。
人間いつかは死ぬってことくらいわかってますし、たとえ、その日に私がやる気になっていたとしても…ささやかなやる気が、数ヶ月に一回やってくることは、いつものことだったんです。そして、結局僕はやれやれっていってあきらめてしまったはずなんです。友達に雇われても、友達の期待を裏切ったに違いないでしょうしね。だから、自分自身がその夜にやる気になってたなんてことは、ちっとも…その、思い残し、なんかじゃないのです。

私がホーム下へ転げた後、すかさず、私の後を追って…おそらくはあわれなよっぱらいを救おうと…誰かが飛び込んできたのです。…いいえ、間に合いませんでした。三秒後に、重い鉄の塊がすごい勢いで彼と私の肉体をミンチにしたんです。それで…

彼は、私よりもだいぶ若い会社員でした。23歳だったかな。家族はいなかったけれど、なんていうか、働きざかりの好青年っていう人だったんだろうと思います。詳しいことは新聞を読んで知ったんです。彼が私を助けようとして亡くなったことは、世紀末の美談として、大きく取り上げられていたんです。彼の葬式には、何百人という一般人が訪れ、彼の友人が彼の生前の善行を称えあげ…いや、私は皮肉でいってるのではないです。私は、信じられなかった。私なんかを救おうと、ためらいもせずに、ホームに飛び込んでくれた彼が…ありがたいようなこそばゆい気持ちでしたし…けれど同時に、ああ助からなくてよかった、とも思ったのです。もしも私が生き残って、彼が死んでいたら…私はあらためていたたまれなくなって、二度目のダイブを試みていたかもしれませんからね、同時に、彼の勇敢な行為にもかかわらず、私が死んでしまった…彼と一緒に…ということが、人々の気を重くさせているようでした。無駄死にじゃないかね。と誰かは言いました。私はそれにも、いたたまれない気持ちになりました。本当に申し訳ないという気持ちでいっぱいになった。もちろん、私が助けてくれ!と彼に頼んだわけではないのですが…それにしても、彼は私がいなければ、飛び降りることはなかったのです。

まだ前途有望だったであろう一人の若者を、殺したんです。他ならない私自身がね。私が殺したのと同然なんですよ。わかりますか。もちろん、私にはその故意はなかったけれど…けれど事実上私が彼の死の原因なのです。私自身あやまって転落したとか、私自身も死んでいるのだ、とかそういったことは、一切私の気を軽くするのに、役立たないのです。そんなに思い煩うことはないのさ、といわれても、だめなのです、私自身が、気にすることをやめられないから…いったい、どうすれば、このことを自分に納得させることなどできるのでしょう?彼には、まだありあまるほどの輝かしい未来があったはずなのに、それを私のような人間のために捨てたのです。

僕はうなった。うーん、それはずいぶん。これはずいぶんだ。若き英雄。老いて失望した(失礼!)酔っ払いを救おうと、我が命をかけた英雄の前に、酔っ払いが何を言えばいいのだろう。

ビールもういっぱい飲みますか?
お願いします。
僕は、バーテンに合図して、もういっぱいずつの飲み物を頼んだ。

きっと…
きっと、その会社員は、あなたのこと恨んでなんてないと思いますよ。それにもちろん、飛び込んだことだって後悔してないんじゃないかな。

なんで?なんでそんなことがいえるんです?

わからないけど…想像ですけどね。だって、後で後悔するくらいなら、はじめから飛び込んだりしないんじゃないかなあ。

…でもこの結果を悔しく思ってるはずだし、私がはじめに転落さえしなければ…って思ってるんじゃないですか?

男は必死な感じで僕を見た。

それは…
それは…

僕が彼と同じ年齢で独身の会社員だからですよ。
僕は彼がなんていうか、想像できると思う。

あなたを救えなかったことは悔しく思ってる。でも、だからってあなたを恨んだりはしていないよ。だって、僕も自分の中に誰かのために命を賭けられる根性があるってわかったから。…そりゃもちろん飛び込んだときは本当に死ぬなんて思っていなかったけどね。初めから「飛び込んでも無駄」ってわかってたらそれは飛び込まなかったかもしれない。でもそれがわからないのが人間ってやつでしょう。だから僕はその可能性にかけたのさ。たとえそれが1パーセントしかなくても、その時僕が自分に見えた1パーセントの可能性を信じたのさ。だから、別に、心苦しく思う必要はない。僕は僕らしく死ねたことを誇らしく思ってるから、僕の思ってる「僕らしさ」を貫かせてくれたことに、ありがとうといいたいくらいなんだ。なんていったら、また考え込んでしまうのかな。いろいろ気遣ってくれてありがとう。

そうだ、あなたが会社員の役をやってくれればいいんです。私は、あなたに謝りますから、あなたが許してください。

男の赤い目が相変わらず必死だった。この赤さが彼をこの地に結びつけているのだ…僕にとって僕をこの地に結びつけるものはいったい何なのだろう。僕はまた頭が混乱してくるのを感じながらうなずいた。

本当にすまなかったです。君の将来を奪うつもりはなかった。

いいんです。

君の勇気には本当に感謝してる、あの新聞をみて…みんなが君に尊敬をささげてるし、私だってそうなんです。本当に…ありがとう。

いいですよ。

私は子供がいないけども、もしも子供がいたら、君みたいな男に育ってほしかったって思うかもしれません。

そうですか。

男は充血した目から涙を流した。本当にすまなかった。すまなかったです。どうせ死ぬなら一人でひっそりと死にたかったです。でも君の存在は、社会に希望を与えたと思いますから、それだけが僕の救いで、とにかく、あなたの前にでると何を言っていいかわからなくなるんです。

何も言わなくていいですよ。

僕もうれしかったんです。自分が、誰かのために命を賭けられる男だってことを自分に証明できたんだから。何も思い残すことは無いんです。やりのこしたことは、きっと最後までできなかったのかもしれません。正直に言って、きっと85まで生きても、なんらかのやりのこしっていうのはあったと思うんですよ。

本当に申し訳なかったです。

いいんです。

男の目から流れる赤い涙を見ているうちに僕の目もひりひりと痛くなって涙があふれてきた。僕に男を許す資格はない。でも、僕は今彼になりきって男を許さなくてはならないのだ。それは本来なら神の役目じゃないのか。僕は神じゃないし、会社員でもないから、僕がどんなに迫真の演技で男を満足させても男は本当に許されるわけではないのだ。でも僕はそれをやりとげなければならない。男の中の罪を引き受けて、僕自身の罪と一緒に抱えていかなければならない。僕は投げ出すことはできない。

僕は男を見つめ返した。自分の目も充血していた。

「大丈夫なんです。僕はあなたを助けようとしたことを後悔はしていない」

-了-
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うん、面白い。 私これ好きだな。
  • 2009/03/30
  • castle
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