【小説】鞍馬口探偵事務所の一日 後編

以下は『鞍馬口探偵事務所の一日 前編』の続きです。


約束の日、約束の時間に、私は手紙を携え、市役所前広場に向かいました。日傘をさした婦人がやってまいりました。人待ち顔であたりを見渡しております。きっと彼女が、市村氏の探している女性に違いあるまい。私はそう心を決めて歩いていくと、彼女は私のことを怪訝そうに嫌悪のまじった表情でいかにも不愉快そうに見やるのです。そればかりか、私が近づくにつれみるみるうちに顔を青ざめていくではないですか。

「XXさんですね」私が声をかけ「市村さんからの代理としてここに来ております」と続けると、彼女はひっ!と奇声をあげて駆け出しそうになりましたので、私は逃がしてなるものかと必死で彼女をとどめました。

私は高ぶる彼女をなだめ、早口で市村氏はかくかくしかじかの事情で米国国境をまたげない状況にあること、婦人との約束を忘れた訳ではなく、直接来れないことを気に病んで私どもに言付けを依頼されたことなどをこんこんと説いて聞かせました。

すると、婦人はようやく私の方へ向き直り、それでもまた猜疑に満ち満ちた眼差しで「それでは、あなたは市村さんから頼まれた探偵さんなのですね」と確かめてきました。

「そうです、先ほどからそうだと何度も言っているではありませんか」

「ソウでしたか…わたくしはてっきり、あの方のご主人が、恨みに思って…」

「?」

ご婦人は何事か思案している風でしたが、やがてキッと私の顔を見据えて問いつめました。

「探偵さん。あなたは市村さんとわたくしの間の事情をどの程度承知していらっしゃるのです」

「事情と申しますと」

「市村さんはあなたにどこまで打ち明けたのですか」

私は先だって受け取った手紙の内容を彼女に伝えました。

すると、婦人はイヤイヤをするようにかぶりを振るではありませんか。

「違うのです。私たちの恋路の一番の妨げは…それは二人が二人とも…女性だったというところにあるのです」

「エッ!」女性同士の恋愛!私は息をのみましたが婦人はますます落ち着き払って頷くのです。

「もしもソレさえなければ、わたくしたちはキット結ばれて幸せな家庭を築いていたに違いありません。けれどもあの頃のわたくしたちには…いえ、あの人には、愛を貫く勇気がありませんでした…。

「わたくしたちは学校の同級だったのです。何がきっかけかと言われれば始まりは魔が差したとしか言えません。その時まで女性と恋愛関係になるなど体験したことも想像したこともなかったのですから。市村さんとて同じことだったのではないかと思います。

「わたくしたちの関係を知るものはおりませんでした。同級生たちにも、家族にも、絶対に知られてはならないとわたくしたちは苦心に苦心を重ねました。人に知られたらわたくしたちの人生は破滅する。そこまで思い詰めていたのでございます。ですが、わたくしたちははしませんでした…

「それは時代だったかもしれません。それはわたくしたちの弱さだったかもしれません。わたくしには父の定めた許嫁がおり、市村さんには、ご親戚の方々と一緒に事業を手伝うという定めがございました。そしてお互いの行きていく道に、お互いがはいることはできなかったのです

「わたくしたちはある春の日に別れをつげました。まだ愛し合っているとお互いわかっていたその別れは身を割くように辛いものでした。ですが私たちは決めたのです。十年後にここでまた会おうと。そうしたら全て運命がよくなっていて、わたくしたちはまた出会い直せるかもしれないと、

「主人は去年亡くなりました。もともと年齢が離れていたうえに愛情もさほどなかったので、悲しいというよりも、せいせいしたといった方があっているかもしれません

「わたくしの心の中には、これで市村さんと会う時に自分は独身でいられるという思いがあったのです。非道い女だとお思いになるでしょう?でも恋の力というのはそこまで人を狂わせるのですよ。

「けれどやはり、神様は、このような不道徳な人間に幸せは下さらないのですね。先ほどあなたさまが市村さんの代わりに現れて彼女の名前を口にした時、卒倒するかと思いました。市村さんのご主人が、わたくしたちの約束を探り当て、わたくしを責めにやってくるのではないかと…

「そうでなくって安心しましたけれど、やはりわたくしたちは一緒になる定めではないのだと確信しました。それでもやはりこれだけは…市村さんに渡してくださるかしら。

ご婦人はそういうと、抹茶色の風呂敷から、これまた丹念に包装された小さな小箱を取り出しました。

「これはわたくしたちが約束した物なのですよ。必ず、必ず。渡してくださいね」

★ ★ ★

市電に揺られながら事務所へと帰る道すがら、私の心は千々に乱れておりました。依頼の手紙の一節が思い出されました。

「私は十年前のこの日、初めて恋を知り、恋した相手と結ばれました。二人は永遠の愛を誓いました。ですが、心のどこかでいつか別れが来るかもしれぬことを予感していたのかもしれません。私たちは、将来お互いになにがおころうとも、十年後の同じ日の正午、私たちがよく落ち合った市役所の噴水の前で会おうと固く誓ったのであります」

…嗚呼、なんという悲恋でございましょう!私は元来が同情しやすい性質なものですから、すっかり涙がこみ上げてくるのを押さえながら、婦人から小包を受け取りました。市村というまだ見ぬ…始めは男性と思っていたが実は女性だったというこの怪奇なる人物!を思い浮かべながら…しかし、ここに私でなく市村女史が現れたのであれば、この婦人もどんなにか嬉しかったことであろうか。そして、二人の再会はどんなに劇的で感動に満ちたことであったか。私はスッカリ婦人の心持ちに共感しながら、多少恨めしく思ったものでした。それでも、私はこの美しい婦人の真心をしかと市村女史に伝えるという使命に胸を高鳴らせておったのであります。

★ ★ ★

こうして、事務所に到着し、私はさっそく事情を所長である三上に報告いたしました。彼は珍しく手持ち無沙汰そうに爪を切っておりましたが、話が終わるとみるや、私を一瞥致しますと、「荷物を開け」と命ずるのです。

もちろん依頼者の婦人から中身は見ないでそのまま送るよう頼まれたものですから、勝手にあける訳には参りません。私がそう思って躊躇っていると、三上はその包みを取り上げ、包み紙をそうっとあけているではありませんか。

「アッ何をするんです!」私が声を荒げても三上は慌てる様子なく包みの中から出てきた透明の袋を光に透かしたり、匂いをかいだりして子細に調べています。

「ほらね、やっぱり、コレは禁止されている植物の種子に違いない。君はとんだところで禁止植物の取引に手を貸すところだったのさ」

そういう彼の下から袋を受け取ってみますと、確かに独特の色つやとうっとりするような、笑いたくなるような、げに陶然となる香りがあるではありませんか。

三上は早速警察に電話して、種子を引き渡してしまいました。

…しかし、あの手紙は真に迫っていた。それに、市役所前で待っていた婦人も…彼女の打ち明けた事情も…いかにも、本当に十年後の再会を待ち望んでいたように見えたのに…。この全てが、種子の受け渡しのためだけの虚言なのか?そのためだけにあの虚言はしくまれたのか?

私は今でも腑に落ちぬ想いでいるのでございます。

 -了-
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ありがとう
スリリングかつ情緒があって面白かったです。
もっと読みたいです。
  • 2009/04/05
  • bianca
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