Day of Silence=沈黙の日に思うこと

4月17日は「Day of Silence」沈黙の日。



今日は、学校内での反同性愛的ないじめやからかい、嫌がらせに気づき、それをなくそうという学生たちのムーブメントDay of Silenceを紹介します。

賛同する学生たちは、この日は学校内でも沈黙を守り、以下のようにプリントされたフライヤーを手渡すことによってメッセージを広めようとします。


「今日私が喋らない理由を理解してください。私は『沈黙の日』に参加しているのです。これは、レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーやその仲間たちが直面している【沈黙】に気づこうとする若者たちのムーブメントです。アンチゲイ的ないじめ、からかいによって、性的マイノリティの学生たちは【沈黙】することを余儀なくされています。私はこの【沈黙】を終わらせることが、正義への一歩だと信じています。

あなたが今日聞くことのない声が何を言おうとしているのか?考えてみてください」





ウェブサイトには、あなたの学校でも『沈黙の日』イベントをオーナガナイズしよう!といった実用的なマテリアルが盛りだくさん!すごいなあ…。

13年前にバージニア大学にて150人の参加とともにはじまったこの『沈黙の日』イベントは、徐々に広まり、2008年は 8,000もの学校で実施されたという。

普段無視されがちなマイノリティの存在を気づかせるための様々な試み、いろいろあるもんですねえ。参考になります。

★ ★ ★

さて、今回はもう少し書きます。

Day of Silenceという学校を主舞台としたイベントの持つ意義が、このブログの主な読者であろう大人たちには多分ピンと来ないのでは?と思ったので。

このDay of Silenceのウェブサイトでも紹介されていますが、最近アメリカではカールという男の子の自殺が注目を浴びています。




カールについて報じるテレビ報道。by アンダーソン・クーパー。

マサチューセッツ州の小学生カールは自分ではゲイだと言っていませんでしたし、彼が実際にゲイであったかはわかりませんが、いつも「女っぽい」「オカマ」といって学校でひどくいじめられていました。母親は学校に取り合いましたが、学校はろくな対応をしなかったようです。彼はひどくなるいじめに耐えきれず自宅で首をつって自殺しました。彼はもし生きていたら今年の沈黙の日に12歳になったはずでした。

(参考記事:11-Year-Old Hangs Himself after Enduring Daily Anti-Gay Bullying

私はここで別にお涙ちょうだい的にゲイを理解してくださいみたいな話をするつもりはありません。同性婚が合法であるマサチューセッツ州でも、今!現在!ゲイをネタとしたイジメが存在し、それを苦に自殺する子がいるという事実を提示したいのです。その事実こそが、Day of Silenceが必要な理由を証明していると思うからです。

教育機関であるGLSEN(Gay Lesbian and Straight Education Network)の調査によると、86.2%の性的マイノリティ学生は、過去に彼らの性的指向や性自認が原因で口頭でからかわれたことがあり、44.1%は身体的な嫌がらせを受け、22.1%が暴行を受けているといいます。

このような子供の世界での嫌がらせは多くの場合、社会のホモフォビックな雰囲気(ゲイは笑い者にしてもいいんだ!)みたいな空気を反映しているものでしょう。大人になった私たちは、ゲイネタ、レズネタを笑いに出来るほど強くなってるかもしれないし、「オカマ」とか「おとこおんな」で傷つくなんて弱い!と言い切れるかもしれません。

でも子供の世界で、同性愛をネタにしたいじめが横行していることを見過ごすことは、それとは全く別問題です。

表現の場で使われる「オカマ」が即差別だとは私は思いませんが(もちろん文脈によりますが、表現上のレトリックで「オカマ」を使い、そしてそれが差別でない場合は十分あるでしょう)子供が子供をからかうのに使う「オカマ」は子供の世界ではテポドン並みに破壊力があり、完全に不適切ないじめであり、大人はいかなる理由があってもそれを見過ごすべきではないと信じます。

私は日本で教員をやっている知り合いが生徒といっしょに1人をオカマネタでからかっているのを見て愕然としたことがあります。だが彼は特にホモフォビックな思いでそうしたのではなく、単に無知と無神経なためにそうしていたのでしょう。

このような無知と無神経さを気づかせ、もしかして今も苦しんでいるかもしれない子供を救うために、Day of Silenceそして多くのリベレーション活動はやはり必要です。

最近は同性婚ラッシュで私も同性婚ばかりに目が向いていましたが、同性婚は決してゴールなんかではなく、1つのメルクマールにすぎない。人々が心から異質なものへのフォビアを克服し、真に多様性を尊重できるような社会が来るよう、そのために自分が今日できることをやっていきたい。

私は性的少数者というとすぐレズビアンのことを考えてしまいますが、性的少数者=レズビアンではないですし、社会の中で沈黙を強いられているのは、性的少数者だけではないですよね。

自分のセクシャリティを「同性愛」とはっきり言い切れない人々、結婚してしまって離婚できずに身動きがとれないような人々、ゲイ・ムーブメントの中で見えなくなりがちなバイセクシャルの人々、障害を持っている人々、そもそも文章を書いたり自己主張が苦手な人々、英語がしゃべれない移民、不法移民、遠くカンボジアの工場の劣悪な感情で働いている労働者 etc...

…私は普段元気でハキハキしてて声が大きいと思うのですが、明日は少し静かにして…そういう、普段声が聞こえなくなりがちな人々のことを考えながら沈黙の日を過ごしたいと思いました。
関連記事
スポンサーサイト

comment

管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2009/04/17
comment form
公開設定

trackback


→ この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。