ゲイのゲイリブフォビアとクインビー症候群

今日は、エルレイさんのブログ「レズと呼んでくださって結構」の中の「タシナミについてのハナシをしようじゃないか(半分キレ気味に)」というエントリを取り上げます。
彼女はエントリーの前半で、「タイムマネジメントはすごいのに、仕事はできないSクン」の話を紹介します。

とにかく、彼の目的は、

仕事デキルことじゃなくて、
タイムマネジメントすること、

になっちゃってんのね。そうなんだよね。



その後、彼女は同性婚ムーブメントに話を変え、同性婚が当分認められないであろう日本において、パートナーとの契約関係などをしっかりしているのか?と問題提起。


(1)理想も語れ(2)やる事もやれ



一見非常に納得できる結論になっています。私も、エルレイさんがおっしゃるように、リブやる前に、自分の生活を確立することが大事だと思っており、そこは同意します。

ですが、ここで私が指摘したいのは、そのエントリの裏にある「リブフォビア」です。私が以前エントリした「ゲイリブを嫌う『超クール』な人々」とも絡むのですが、改めて指摘しておきたい。

彼女の元エントリの構造として初めに「仕事ができないSくん」=「目的と手段を履き替えている人」が引き合いに出されていることが、間接的に同性婚ムーブメントへの批判となっていると私は読みました。

Sくんへの批判を同性婚ムーブメントへの批判に置き換えると

「ゲイリブの人たちって、目的が
幸せに生きることじゃなくて
同性婚を手に入れることになっちゃってるんですね(プ」

もっと過激に翻訳するなら、

(ゲイリブとか言って、偉そうだけどよー、てめえにてめえ自信の趣味とか生き甲斐がねーから、ゲイであるアイデンティティにすがって、平等とか、ご大層な理想かかげやがって、婚姻の権利獲得ー!とか正義面して戦うことで、てめえのお粗末な自我もついでに気持ちよくしてもらおうとしてんだろ、カス!)

的な批判もしたいのかもしれません。これは私がちょっと想像力を膨らませて書きましたが、少なくとも、以下のような記述からは確実にゲイリブへのエルレイさんの評価がにじみ出ています。

ノンケは簡単にできて、自分にはできないから、
くやしいんだずるいんだ、
それはよくないことなんだってことはね、
もう十分じゅーぶんすぎるくらいわかってるから、

がんばって権利を獲得すればいいわね。



私が今回直接エントリ書こうと決意したのは、上の箇所があまりに酷いからです。ここに見られるのは、同性婚ムーブメントを含むゲイリブの卑小化、そして、同性婚ムーブメントを含むゲイリベレーションは自分にはまったく関係ない「他人事」であるかのようなものいい。

ふーむ。

同性婚を求めるアクティビズムは「ノンケは簡単にできて、自分にはできないから、くやしいんだずるいんだ、それはよくないことなんだ」に代表される卑近な言説に支えられているわけではない。それは、単に婚姻の権利を求めたいだけではなく、また同性愛者だけを問題にしているわけでもない。しかし、私は今回のエントリではあえて、同性婚ムーブメントを正面から擁護はしません。

賢いエルレイさんのエントリにはもちろん批判を避けるような予防線が複数張ってあります。が、それでも、全体として、根本にリブフォビアがある。まあ、今回のエントリに限ったものではなく、以前からエントリやコメントから感じていたのですがね。

で、今回、言及エントリを書くに至ったわけですが、実は、個人的には、こういう「ゲイ当事者のゲイリブフォビア」については、こういうあり方を表面から「批判」するというよりも、一つの現象として純粋に興味深いと思っているのです。観察対象として捉えているといったらいいのかな?

基本的に私はネット上の議論によって、相手のあり方を変えうる(もしくは自分のあり方が根本的に変わる)ということは信じていない。もしネット上での議論で、自分の意見を強化する以外の何かが可能だとしたら、自分になかった視点に「気づく」、ということくらいでしょう。それも、批判が提示してくる視点を予期した上でオリジナルの発言をしていた場合、その「気づく」という意味もほとんどなくなると思っている。その批判は既に「想定の範囲内」だから。「気づく」もくそも、初めっからそんなのわかった上で、書いてるっつーの!ってことですね。

んで、今回のエントリは、おそらく賢いエルレイさんにとっては「想定の範囲内」であろうと思ってます。だから、こうやって批判したところによって、エルレイさんが「気づ」いたり、同性婚ムーブメントを含むゲイリブについての意見を変えたりすることはないんだろうな~とも思っています。

(かえって「うわっ、きたよ~揚げ足取り!コレだからゲイリブはヒステリックでやだやだ。めんどくせーなっ~!どうせこのゆうって奴ブスでデブで貧乏でオラオラ系のくそダサくてモテないバリタチなんだろ~(女女苑に書いてあった)しっしっ」とか思われちゃうデメリットの方が大きいだろうな~と、半ば覚悟してます・涙)


また、私はエルレイさんの行動自体は非常に尊敬できるもので、レズがもっと見習うべきだと思いました。

せんせい*呼ばなきゃ別れられねぇ



という部分から、パートナーシップ契約関係や不動産の共同所有などを想定したのですが、もしきっちりパートナーとの関係を規定されているのであれば、感心だし、婚姻以外でパートナーとの関係を守れる方法を真剣に考え実践するレズはもっと増えるべき(あ、皆、もうやってる?)。

ですが、その上で、やっぱり、彼女のエントリに代表されるこういう「スマートなゲイの生き方」を装ったクールな言説の裏に隠れる強い「リブフォビア」を感じとるし、その構造について私は興味がある。だから今回指摘させてもらいました。

というか、自分の中ではゲイのゲイリブフォビアについては、既に仮定を持っていて「クインビー症候群」の同性愛バージョンなのだと、解釈してます。そしてその大元には、ホモフォビアがあると思ってます。(クインビー症候群の女性がミソジニーを内に持っているのとパラレルです)


●クインビー症候群=斎藤美奈子『紅一点論』(ビレッジセンター出版局)に出てくる。クインビー(女王蜂)症候群とは1970年代においてアメリカの社会心理学者の調査で出た『女性解放運動の足を引っ張る女性』(「アリバイの女」femme alibiに相当)。例外的に男性社会において成功し、「世の中にあるのは構造的な差別ではなく、自分らの努力によってそれは打ち払えるし、現に自分はそう行ってきた」と主張する。そして他の多くの女性たちを「努力が足りないから男性社会の中で下位層に甘んじてしまう」という主張をする。また、自身の現在の「特別な存在」であることから得られる特権や恩恵に満足し、他の女性が自身の後を追うようにこれら特権を得ようとすることに対して冷淡且つ好まない。自身の特権が消えてしまう、と考える体。このような考え方、地位の女性を「クインビー(女王蜂)症候群」と呼ぶ。

http://www.toyama-cmt.ac.jp/~kanagawa/language/syndrome.html



私自身、女性として、同性愛者として、この社会で成功したい!という野望を持っていますし、うまくやるために立ち回る結果「クインビー」的な言動を意識的に無意識的にとっていることがなくはありません。そういう意味で「クインビー」は自らの問題でもあるやっかいな問題なのです。それをふまえた上で、この問題を考え続けていきたいと思っております。
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  • 2009/05/30
こんにちは!
コメントありがとうございます。

脊髄反射的にお返事しておきますね。(いずれ本文に反映します)

このエントリは、「エルレイさん自身」がどういう人間かを想像しているというよりも…(そんなことブログからのみで想像するのは無理)、エルレイさんのブログの記述から私が読み取った傾向のようなものについて書いたものです。

エルレイさんが「あなたの想像力をたくましくしすぎ。どんびき(→私はこういう人間ではない)」と主張されるのはもちろん理解するのですが、私は、初めからエルレイさんの人物ではなく、エルレイさんの書かれたテキスト自体を取り上げたので、もともとそういう「ズレ」はあってあたりまえかな~と思ってます。(開き直るようですみません)

そして、そのテキストを見た限りでは、そこにはまぎれもなく「クインビー症候群」の兆候が見られる…と私には読めたのです。

またこのエントリはエルレイさん個人に対しての批判とか、私信として書かれたものというよりも、似たような現象が一杯そこらじゅうでおこってると思うので、そういう現象を解読するための一つの視点として提出しました。

自分自身、ゲイリブに対してのものではないにしても、「クインビー」的な要素を持っていることは自覚してます。このブログの過去ログを読んで頂ければ、そういう記述はぼろぼろ出て来るでしょう。

例えば私は社会の女性ジェンダーコードに従って、フェミニンに装ったり振る舞うことができるタイプなのですが、まあ、昔は、結構男の子っぽい格好をしてました。だが、結局仕事上などで、有利になるために、結構努力をしてそういう男ウケしそうな言動をとったり、ノンケの普通の女っぽさを演じることができるようになったのですが、そういうことができない/したくないトランスジェンダーが社会の冷たい目に晒されることに対して冷淡でした。社会のジェンダリズムを批判するというよりも、

「男か女か分からないぼろ雑巾みたいな格好してるお前が悪い!」

みたいに、トランスジェンダーを責める思考にいってしまってたような気がします。これはクインビー症候群そのものではないかもしれませんが、似てると思います。

で…それを指摘された時…って…なんか話が長くなってきたのでやめますね。

ま、とにかく!そんな感じです。よろしく~!

今度、是非一緒に飲みにいきましょ!
はじめまして。
以前から、ゲイリブ関連の記事を興味深く拝見しております。

その中で、リベレーション活動の成功には、メリットを説く必要もあるという部分には賛成です。
例えば、認定NPOを設立して、税制面での優位性を説き、寄付を募るとかして、政治的活動をバックアップできたらいいなーとか考えたりするのですが、勉強不足なこともあり、妄想の域を出ません。。

何にせよ、これからも記事を楽しみにしています。いつもありがとうございます。
  • 2009/05/30
  • きなこ
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  • Edit
きなこさん。
こんにちは。コメントどうもです。

そうですね。ゲイリブフォビア問題は、当事者のフォビアのみに問題があるのではなく、ダサいアプローチばっかで、幅広い層を取り込みきれないゲイリブサイドにも大きな問題があると思ってます。

そういう意味で、「もっとメリットを訴えろよ!」っていうのは確かにそうですねえ。マーケティング的視点を持てっつーか。

ま、「メリットを訴える」っていうのも含め、どういう戦略が有効なのか?どうすればもっと幅広い人々を取り込んだムーブメントを作れるのか?などを、一緒に妄想していけたらいいですね。いつかは妄想じゃなくなるともっといいですね。

つか、きなこさんのアイディアにあった、税制優遇をネタに、寄付を募るとかって結構大事で。お金が集まると結構なんでもできちゃうんだなって最近思う。もちろん理念も大事だが、結構「結局は金だな」っつーのを、今ひしひしと感じてるんですよ。

金があれば優秀な弁護士を雇えるし、大々的なテレビ広告をして、人の感情にうったえることもできるし、政治家を動かすこともできる。地獄の沙汰も金次第っていうとミもフタもないですが、やっぱお金は大事。

運動ってお金かかるもん。

うーん。また長くなりそうんで、切ります。改めてこの「金問題」については書きます。

これからもよろしく!
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  • 2009/05/30
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