紺野遊児さんに呼びかけられたので答えます

前回のエントリを書こうと思った理由は、紺野遊児さんに「このブログにコメントしてください。男性フォビアのレズリブさんへ」と呼びかけられたから、というのがあります。
今回の話の発端は、私が紺野遊児さんのブログの

匿名ゲイリブよ、そんなにアウトしたいんなら本名曝せば?

というエントリに対して

ゲイのゲイリブフォビア 具体例

というブックマークコメントをつけたことにはじまります。紺野遊児さんはこの「ゲイリブフォビア」というコメントが気に喰わなかったようです。

 ええ、彼女が出来ない高齢レズリブ(おそらくブス)に言わせると、私は「ゲイリブフォビア」なんですと。

 その寂しい老後が待っているかわいそうな高齢レズリブは、私の何を見てそう思ったのでしょうね。

 その寂しいがゆえに誰かにかまってもらいたい高齢(ブスの)レズリブは、きっと誰かにレッテルを貼ることで、惨めな自分を忘れたかったのでしょう。高齢だし、彼女も居ない(醜い)レズリブだし…。しかも、自分のブログにリンクしてください、とかほざいているしwwwww

 生きてる意味があるのかな。

http://blog.goo.ne.jp/yuji-konno/e/afecbc4ab8951399c47b304a944cee31



サイトでは例によって「アメリカでは・・・」とかやらかしてやがる。私に彼女が出来るまで、だってサ。ああ、断言してやるよ。お前には一生彼女なんて出来ないよ。けっ、*ねばイイのに。

名指しで勝手なことを言われたお返しです。足りませんか?



とか書かれてます。

(生きてる意味あるのかな、とか*ねばいいのにについては、もうスルーしますが)こういう風に書かれた場合、私の実存に対する攻撃に対しては反論のしようがないんですね。一つ一つ「彼女いるんですけど」「私の顔写真はここをクリック」「年齢はあなたより相当若いと思われ」とか私の実存に関する事実を示していってもいいのだが、結局文字でいくら言っても信憑性がないし、なにより、紺野遊児さんが私への個人攻撃に使っている要素が自分にあてはまらないと主張することは、年齢差別とか、容姿差別とか、シングル差別に加担することになるのでしたくない。こういう種類のDISっていうのは、その性質上反論不可能なわけです。だからこそ卑怯なわけで。

私としてはここで「私が、仮に高齢で、ブサイクで、彼女もいない貧乏なレズだったとしたら、何か私の言ってることの信憑性が影響を受けるんでしょうか?」と聞きかえしておきたいと思います。


レッテルを貼るということは、こういうことなのですよ。自分がその立場にでも立たない限り、理解できないでしょう。
http://blog.goo.ne.jp/yuji-konno/e/afecbc4ab8951399c47b304a944cee31



と書く紺野遊児さんは、私に対して「高齢、ブサイク、シングル」などというレッテルをはることによって、「ほーれ、レッテルを貼られるのは嫌だろう?」というデモンストレーションをされたつもりかもしれません。

ですが、紺野遊児さんが私にしたことと、私が紺野遊児さんにしたことは、全く種類が違いますよね。私が紺野遊児さんの書いた文章を解釈したのに対し、紺野遊児さんは、私の書いた文章を批判の対象とするのではなく、私のブログタイトルやプロフィールなどの断片から、私を傷つけるのに効果的だと勝手に判断した「ブス」「高齢」などというというスティグマをはりつけてDISしただけであり、これって全然構造が違うと思うのです。

ま、いいや。

 とりあえず私がゲイリブフォビア(ゲイリブ恐怖症)だという証拠を希望する。このブログにコメントしてください。男性フォビアのレズリブさんへ。

http://blog.goo.ne.jp/yuji-konno/e/afecbc4ab8951399c47b304a944cee31



というのが問いかけの本題なので、これに答えます。ちなみにフォビアは恐怖というより嫌悪という意味合いで使いました。

私のブログはゲイリブをフォビアなんかしていません。私がしているのはゲイリブ(思想)批判です



なるほど。批判とフォビアが違うというのは納得です。

全ての思想や活動には批判がつきものであり、批判を受け止め乗り越えることにより、活動は前進するのだと考えています。ちなみに、私も、ゲイリブについては、結構批判したりしてます。欧米式のリブをそのまま日本に直輸入するのは意味がないとも思っていますし。ホモフォビアの構造が違うもんね(私が「アメリカでは…」と書くのは、別にアメリカまんせーなわけではなく、今たまたまアメリカに滞在していて、それが自分にとって切実だから書いているまでです。私は日本育ちなので、日本のことももちろん気になっています)

なので、ゲイリブ批判が全てゲイリブフォビアだとは思っていません。

ですが、紺野遊児さんが元エントリで書かれたことは、私にはまともな批判というよりも、フォビアを背景とした単なるDISに見えてしまったんですよ。

なぜか?


社会に背を向けて生きたくない、などという、カビの生えた戯言。

http://blog.goo.ne.jp/yuji-konno/e/1182d96f321a0b4703a82d785f49bcb3



というフレーズをとってみてもわかるんですが、「カビ」とか「戯言」とか…明らかにニュートラルな言葉ではなく、ネガティブな価値判断を反映してますよね。

また言葉遣いにとどまらず、書かれている内容についても同様です。ネタにマジレスさせていただきますと、現在の日本において、性的少数者がカムアウトしたくても、そんなに簡単にカムアウトできないことは、紺野遊児さんも十分ご存知でしょう。その現状を少しでも変えるために、だからこそ、ゲイリブが必要とされるわけです。ですから、今現在においてアウトしてない活動家が多いことをもって、ゲイリブを揶揄したり、批判するのは筋違いです。

また、ブログなどのネットにおいて個人情報をどこまで開示するのかというのはまったく別の問題ですよね。セクシャリティに関係なく、日本語のブログは大多数が匿名なのが現状です。

で、私にとっては、こういう言葉の選び方やレトリックのすり替えも含めて紺野遊児さんの「匿名ゲイリブよ、そんなにアウトしたいんなら本名曝せば?」というエントリは、ゲイリブが耳を傾けて糧とするべきである「批判」というよりも、私が最近注目している「ゲイ当事者によるゲイフォビア」の一つの具体例であるように読めてしまったんです。

もちろんこれは私個人の解釈であり、間違っている可能性もあります。もし、この解釈が誤読なり、誤解であると主張されるならば、感情的なDISではなく、反論エントリなり、私の発言への批判なりをしていただきたいと思います。私はそこから学びたいと思いますし、その結果紺野遊児さんに対する考えが変わるかもしれません。もっと建設的な形でコミュニケーションできればとても嬉しいです。

私は自らも小説や詩を書くのが好きなので、「ガロ」や「さぶ」などで作品を発表され、ゲイカルチャーを担って来た紺野遊児さんのことは、すごいなーと尊敬してしまいます。あまり口汚いやりとりはしたいと思っていません。

紺野遊児さんも一つのブックマークコメントから、これだけ脊髄反射的かつ感情的なDISを繰り出すと「ミソジニー」「レズボフォビア」「IT弱者」などなどますますレッテルを貼られちゃう危険性がありますよ。

一言だけのブックマークコメントではあまり真意が伝わらなかったかもしれないので「ゲイリブフォビアの具体例」とコメントした真意について、長くなりましたが、紺野遊児さんへのメッセージとさせていただきます。
関連記事
スポンサーサイト
にほんブログ村 セクマイ・嗜好ブログ 同性愛・ビアン(ノンアダルト)へ 👈応援クリックお願いしますm(__)m

comment

管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2009/06/05
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2009/06/05
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2009/06/05
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2009/06/05
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2009/06/05
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2009/06/05
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2009/06/05
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2009/06/05
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2009/06/06
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2009/06/06
comment form
公開設定

trackback


→ この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。