【レビュー】ピクサー映画『カールじいさんの空飛ぶ家(原題:UP)』感想

ピクサーの新作3Dアニメ映画『カールじいさんの空飛ぶ家(原題:UP)』を観たので感想。
映画は、冒険家に憧れてるちょっと内気な少年が、やっぱり冒険好きのわんぱくな女の子に出会うところからはじまる。「南アメリカに行こうよ!そして天国の滝の側に住むの。そこで一杯冒険しよう」すっげーキュート。二人は大人になり、恋に落ちる。穏やかだけど楽しい日々。でも、その二人のストーリーはあっという間に回想的に過ぎ去る。風船の売り子になった少年は、あっという間に老人になって、引退する。

そして、映画の本編はそこからはじまる。

彼は、今ではよぼよぼの老人。背中は曲がってるし、入れ歯もぐもぐやってる感じだし、補聴器を切ればなにも聞こえないし、杖ついてる。愛する妻には先立たれ、子供もいない彼には、何もやることがない。手紙を出してくる人もいない。周囲が再開発を進めているのに、地上げにがんとして反対し、立ち退こうともしない。妻と一緒に建てた思い出が一杯の家を離れたくないのだ。少年ラッセルが「ボーイスカウト(もどき)のバッジを集めるために、ボランティアしたいんだけど」と訪れても冷たく追い払う。世間からみたらミスター・フレドリクソンは「孤独で意地悪くて偏屈なじじい」以外の何者でもない。

そんなある日地上げ屋と問題を起こした彼はとうとう老人ホームに送られることになってしまった。老人ホームからの迎えがきた朝、ミスター・フレドリクソンは、行動を起こす。妻と一緒にずっと夢だった冒険の旅にでるのだ!!「上へ!=UP」



詳しくは予告編を見てみて。(UPの予告は30秒後くらいからはじまります)

☆ ☆ ☆

上までは、予告編に含まれる内容だけど、以下のレビューはネタバレを含むので、読みたい方だけ読んでください。

☆ ☆ ☆


●おじいちゃんというヒーロー像が新しい。『UP』がまず面白いのは偏屈な老人(78歳!)であるミスター・フレドリクソンを主人公においたところだよね。こんな、おじいさんキャラが、アニメ映画の主人公になるのは、かなり画期的だと思うんだが…でも、このミスター・フレドリクソンが、単なるじいさんじゃないことを、冒頭の10分のおかげで、観客は皆知ってるんだよね。

ミスター・フレドリクソンは、かつて少年であり、夢があった!妻と一緒に「冒険」に出ることをずっと夢見ていた。いつか妻と一緒に南アメリカに冒険に行く約束をした。でも生活に追われて、その約束はとうとう果たせないまま、妻は死んでしまった。自分も気づけば年を取った。でも、老人は夢を忘れていなかった。彼の心の中で、南アメリカに冒険に行く!っていう妻との約束はずーっと生きていたのだ。

はじめの10分間で描写された、ミスター・フレドリクソンの過去が、映画全体をつうじてずーーーとベース音のように響いてる。ミスター・フレドリクソンが、何かする時、それはいつも冒頭の回想シーンとつながってる。だから、すごい切なくなるのね。うん、うまい構成だよな。

…やべ、思い出したらまた、泣けてきた。

●ラッセル、かわいい。ウケた。小太りで、ボーイスカウト(もどき)のバッジ集めまくりだけど、実際には自然の中でキャンプとかしたことなくて、すぐ疲れたっていうし、根性なさげな現代っ子だし、チョコレートばっか食べてて、甘ったれてて、バカ。でも変なとこが純粋だったり。子供ってなぜこんなに可愛いんだ?あと彼がアジア系として出て来たことがなんか嬉しかった。

●犬の軍団。私は実は犬はそんなに好きではない(猫の方が好き)だが、この映画では犬のステロタイプがすごーく面白く描かれていて笑っちゃう「あ~あるあるあるある!」って感じ。

●楽園の滝。架空の滝だと思うのだが、いい。南アメリカ行きたくなったわ!滝っていつもなんか象徴的だよね。映画『ブエノスアイレス』でも、イグアスの滝が約束の場所として描かれていた。

●鳥のケビン。鳥と人間たちはやっぱり、そんなにコミュニケーション取れてるわけではないのね。くえくえいってるだけだし(下で書く「ファンタジー映画でありながら、世界観は現実」っていうところにもかかわってくるんだけど)そこが、滑稽。

●私は、いわゆる「永遠の愛」とか「運命の人」とかゆー代物に対して非常に懐疑的であり、そんなものは存在しないと思っている。だが、それでいて、やっぱり、こういう初恋の相手と添い遂げる系の愛には、やっぱ憧れる。一番私が感動したのはここ。愛の力っていうか。うーん。

アメリカで同性婚に強硬に反対する人たちはよく「伝統的な婚姻/家族という価値を守れ」みたいなことを言う。そういう「家族の価値」の強調が変な方向に乱用されるのには、うんざりなのだが、私はやっぱり「家族の価値」みたいなものに憧れてるし、感情的にぐっときちゃうんだ。「家族」概念が個人に対して抑圧的に働きうるのは事実だが、私にとってはやはり家族は大事なんです。自分の家族が、っていうか、どこかに家族という夢があるんじゃないかと望んでいるっていったらいいのかなあ…。

「ロマンチック・ラブはイデオロギーにすぎない!」とか、「カップル特権をなくすべき!婚姻特権を解体しろ!」っていう議論は、頭では理解するし問題意識も共有する。だが、現実的には、老夫婦系とか家族ものにはうるうるきちゃう私。ノンケとかゲイとか関係なく。パレードとかでも、カップルたちが「23年間つきあってます」みたいなプラカードを持って手をとりあってよちよち歩いていると感動の涙ががーっと出て来る。

若者の純愛物語には懐疑的だが、老夫婦の添い遂げた系の話にころっと感動するというのは、長くつきあった老夫婦の間には愛があるんじゃないか、とかまだ希望を持ってるのかもしれない。とにかく、老夫婦!これはホント私の涙腺のツボ。(あとは子供と動物)

そんな私は、「婚姻を解体せよ!」的なクイアセオリーを頭脳で理解しつつも、心情的には、家族の価値を守れ!みたいなアンチ同性婚論者たちのメンタリティにより近いのかもしれない。だからこそ、「同性婚の推進」という、ある意味規範の強化につながりかねない運動に対して、さほど強い違和感を感じずにコミットできてるんだろう。が、まあこれについて語ると長くなるのでまた今度。今は映画の話してたんだった。

●アルバム。何度も出て来るアルバム。小さい頃妻が作った「冒険アルバム」ネタバレになるので書かないがこれは号泣。

●風船がすげーキレイだ。この映画のファンタジー要素を一番象徴しているのって、この風船だと思うんだ。色とりどりの無数の風船。カラフルなのっていいよね。虹もカラフルだから好き!

■ただ、物足りない点があるとすれば、この映画『UP』における世界観が、非常に限定されてて広がりがないというところ。『UP』はの世界観はあくまで私たちがよく知る「現実」そのものであり、『Matrix』や、宮崎駿のアニメ作品のように世界観自体がぐわーーーーーッと広がる感覚は味わえない。ま、『コラライン』でもいいし、『ハリー・ポッター』でもいいんだけど…。そういう普通のファンタジー映画とかSF映画によって与えられるトリップ感は、この映画では味わえない。だからそこはちょっと物足りない。

『UP』はファンタジー映画であり「風船で空を飛ぶ!」とか「動物を仲間にして冒険」というファンタジー要素はもちろんあるものの、やはりこの映画の中の世界観って結構「現実」的なのね。この映画では、風船で空を飛べちゃうけど、その風船も時間が経てばヘリウムガスは抜けて、徐々に垂れ下がってきてしまう。犬が翻訳機という機械を通して初めて人間の言葉を話せるっていうのも象徴的。鳥はくえくえ言ってるだけだし。いかにも魔法!とか、いかにもアナザーワールド!的な出来事はおこらず、この映画は、「この映画における世界観はあくまで“現実”です」、みたいな建前をすっとぼけたままで貫こうとしているわけ。

「現実」を舞台とした映画でも「この冒険はフレデリクソンが死の間際に見た空想だった!」とかそういう夢オチ解釈が可能な叙述方法を採ったなら、もっと思い切った世界観の設定をすることはできただろう。ースペイン内戦下の残酷すぎる現実を舞台としながらも、少女の空想の中に広がる「異世界」を鮮やかに描いたファンタジー映画『パンの迷宮』のように!

が、結局この映画『UP』はそれをしない。アニメ映画であり、ファンタジー映画でありながら、「現実」をベースとした世界観を崩さない。(「冒険」のあとの、ラッセルのボーイスカウトもどきでの表彰シーンや、その後の二人のシーンは、完全に現実であり、あの「冒険」もやはり現実の延長であったことを示唆している)

そこが物足りない、と言えるっちゃ言える。

だが、「現実」っぽい設定を貫いたからこそ、楽園の滝の横に立った「家」が余計に輝いて見えるのかもしれないね。

ま、よい映画なので見てみてください。
めちゃくちゃ泣けます!
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  • 2009/06/06
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