id:Siestaさんに呼びかけられたので答えます。パート3

id:Siestaさんから、お返事が来ました。
http://h.hatena.ne.jp/Siesta/9234281114711093497
http://h.hatena.ne.jp/Siesta/9234281115393656721
お返事&コメントはりつけ、ご丁寧にありがとうございます。以下返答させて頂きます。

> だから、正当化しません。そこについては、自己批判し、取消しますと書きました。 
 
★いいえ、calibabyさんは前回そのように直説法で書いておられません。実際にはcalibabyさんは仮定法を用いて書きました。以下に引用いたします。
 
>>> では、仮に、その部分を謝罪し、撤回させて頂いた場合、議論において何か影響が出るでしょうか?
 
★このように、calibabyさんは「仮に謝罪したならば」という仮定の下でしか書いていません。続く段落でも同様です。
 
>>> 私は、そもそも、id:Siestaさんをはじめ、人の実存を攻撃したかったのではなく、ヘテロセクシズムを問題にしたかったわけですから「ヘテロ実存を攻撃している」と指摘されるところは、全て取り消しても全く構わないのです。私の言動の中で「ヘテロ実存を攻撃している」という場所を挙げて批判してください。取消します。
 
★最後の文は依頼の文につづいているため、次のようにしか解釈できません。「もしもヘテロ実存を攻撃している箇所を批判してもらえれば、取り消します。」したがってこれも仮定法です。


えーと。

仮定法になっているのが何か問題ありますか?「私の発言の中でヘテロ実存を攻撃している箇所を批判してくれたら」、という条件において、その箇所を取消す、と「明言」しているのですが。ヘテロ実存を攻撃している箇所を正当化するつもりはないからこそ、取消しますって言ってるんですよ。取消すという部分については明言してますよ。別にそういうところを取消しても、私の議論が成り立たなくなるわけではないですから。ただ、どこが具体的に相当するのか教えてもらわないとどこを取消せばいいのかわかりませんので、指摘してほしいと思っているのです(私の解釈とあなたの解釈はおそらく食い違う可能性が大きいと思ったので)

id:spectre_55さんがid:calibabyさんに対して実存批判を行ったことについて、id:calibabyさんが『実存批判は卑怯だ』といって批判することを、私は看過できない。なぜならそもそもid:calibabyさんは私id:Siestaに対して実存批判を行っていたからだ。



だから、あなたに対する実存批判とはどこですか?それを指摘しないで「なぜならそもそもid:calibabyさんは私id:Siestaに対して実存批判を行っていた」って言われても、取消すことができないじゃないですか。ヘテロ男性のステロタイプだよなあーっていったところ?他にはどこかありますか?

calibabyさんは、大義があれば私のような他者の実存を批判しても差し支えないと考え、そしてそのことによって誰かが傷ついても個人的な傷などまったく問題にしないと言明しています。



大義があれば他者の実存を批判しても差し支えないなんて、考えてませんよ。大義があろうがなかろうが、議論と直接関係ないところで、他者の実存に言及するのは、基本的にダメだと思っています。といっても、その理由は相手が傷つくから、ではない。議論に関係ない相手の実存を持ち出すと、話が進まなくなるからダメだと言ってるのです。実存についての言及は、実質的に議論のロジックと関係ないし、反論不可能だからです。そういう議論にとってノイズとなるような「実存への言及」を議論において政治的に優位に立つために使用するのは卑怯だと私は言ってるのです。ですので、もし自分の中にそういう箇所があったとすれば批判し、取消すことは厭いません。

しかしながらcalibabyさんは、自らの実存を批判されれば自らの痛みには非常に敏感に反応する。たいへん人間味があってけっこうです。



上でも書きましたが、私は、「自らの痛み」を根拠に実存批判を卑怯だと言ってるわけじゃないっすよ。元エントリを読んでほしいのですが、

もし私の発言や議論の内容に「レズビアンであることに起因する偏り」があるのであれば、その偏りを冷静に指摘してほしいと思ったが、それがなされず「クソレズ」という私自身のありかたに対する言葉だけが投げかけられたことに困惑したし落胆した。

http://yuichikawa.blog28.fc2.com/blog-entry-1538.html



つまり、私はここで「クソレズ」という実存攻撃に傷ついた!ということをメインで話していたわけではなくてね。議論における反論がきっちりなされず「クソレズ」という単語が持ち出され(私がクソレズであるということについては私は反論しようがないですから)、そっからで話が進まなくなることをメインに問題視していたわけです。

id:spectre_55さんのクソレズ発言についてはその発言自体は、ノイズにすぎないと思っていて、撤回しろとか謝罪しろとかは全然思ってない。クソレズ発言の背後にある意図を示して、私に対する実質的な批判をしてしてくれればそれで全然構いません。

(実際クソレズ発言の後id:spectre_55さんの(idページなどにおける)一連の発言によって、id:spectre_55さんが言わんとするようなことは、なんとなくですが、見えてきました。ですから、私は元エントリでも、id:spectre_55さんのクソレズ発言についてはメインで批判していません。あくまで「ああ、実存に触れられると困っちゃうな」と感じたきっかけとなった事件として紹介したのです。あの二つのエントリでターゲットとなってるのは、あくまで紺野遊児さんの発言です

id:spectre_55さんの痛みや叫びをあなたの身勝手な論理で批判することを私は絶対に許しません。


身勝手な論理?議論のフェーズとは異なる、実存フェーズに安易に言及すると、話が進まなくなるのは事実ですし、「議論においてそういう戦略を取るのは卑怯だ」っていうのは、ちっとも身勝手な論理ではないと思いますが。

だからといってspectre_55さんからcalibabyさんへの憎悪発話を私は正当化しません。



上の繰り返しになりますが、id:spectre_55さんのクソレズ発言が「憎悪発話」だということを理由に批判してるのではなく、議論のロジックと違うレベルである実存ベースの話を持ち出してるから卑怯だと言ったまでですよ。別にクソレズという言葉の暴力性自体はそんなに問題にしていません(自分のセクシャリティを持ち出されたのでびっくりはしましたが)

それまで理性的に議論に参加していたひとりの人間が感情的なことばを吐かざるをえないほどに怒りを感じた原因は、calibabyさんの数々のたいへん抑圧的な発言であったということをcalibabyさんがまったく自覚していないということです。ひとが罵倒を行うのにはそれなりの理由と必然性があります(何度も繰り返しますが、だからといってもちろん正当化はされません)。



私の「数々の大変抑圧的な発言」について、確かに私はまったく自覚していないようです。異性愛中心主義を指摘することは異性愛者を抑圧しようとする試みではないと繰り返し訴えているのですが、これは理解していただいてるのでしょうか?

ところで、この箇所はこう言い換えてみても面白いかもしれませんね。

(私は、「とっとと気づけ」発言前までは、冷静に発言していたつもりですが)それまで理性的に議論に参加していたひとりの人間が感情的なことばを吐かざるをえないほどに怒りを感じた原因は、id:Siestaさんの数々のたいへん抑圧的な発言であったということをid:Siestaさんがまったく自覚していないということです。ひとが罵倒を行うのにはそれなりの理由と必然性があります(何度も繰り返しますが、だからといってもちろん正当化はされません)。←で、もちろん罵倒は正当化されないんだから、だから「罵倒」した箇所があれば、取消します。

 ところでcalibabyさんが紺野遊児さんから受けたヘイトスピーチに対しても、私は怒りを抱いています。しかしspectre_55さんの発話と紺野遊児さんの発話とをcalibabyさんはほとんど同種のものであると考えておられませんか。私の見解では完全に別種のものです。



確かに、紺野遊児さんの発言とid:spectre_55さんの発言とでは、その動機や、実際の言葉の内容については大きな違いがあります。ただ、「議論と関係ない実存ベースの話をもちだし、実際上の議論に対してノイズとして機能する」という点では全く等価だと思います。

ご自分がなぜそれほどのことを言われなければならなかったのか、どうかもう少しお考えになってください。



私にクソレズという言葉を投げかけたいくらい腹が立ったのであれば、その理由などの証明責任は先方にあります。その不満を(実存攻撃ではなく)議論のテーブルに乗る形で、出してもらいたいものです。私は私で主張をしているわけで、「なぜ私はクソレズと言われるのか」わざわざ考えなければいけないいわれはありません。

で、実際には、id:spectre_55さんが「私にクソレズという言葉を投げかけたいくらい腹がたった理由」というのは、クソレズ発言以降、id:spectre_55さんから徐々に出て来た気がしてて、それはそれで受け止めて、しっかり考えなければと思っています。

(id:spectre_55さんが投げかけている「「性暴力被害経験によるセクシュアリティの揺らぎ(とそれにまつわる諸問題)」」という問題意識自体については、確かに私に欠けていた視点であることを認めます。その点については、今後しっかり考えなくてはいけないなあとは思っています。で、クソレズ!で終わらず、ご自分の立ち位置を言語化して伝え、私に欠けている一つの視座を気づかせてくださったid:spectre_55さんには感謝しています)


私についてはどうぞこれからも存分に批判なさい。



うーん。そうやって「度量が広いボク」をアピールされるのも結構なのですが、批判しても、批判しても、あなたはその批判を理解しませんよね。揚げ足取りばかりに終始しており、私があなたに対して批判している核の部分について、なんら反応がないので、こちらも批判しがいがないんですよ。

「12の質問」において私があなたに対してしている批判の中心部分について、あなたにもっと考えてほしいのですが?

あなたが、初めに私の批判として持ち出した例をもう一度繰り返させてもらいますと、現代の社会において「このヘテロ!」という発話の暴力性と「このレズ/オカマ!」という発話の暴力性には、社会的に見た時に、圧倒的な「不均衡」があります。この不均衡を、あなたは認めますか?私の認識では、ここをあなたが認めていないことが一番の問題なのです。

ここで見られるように、「一般論としてはそうかもしれないが、個人的には例外もありえる」なんつってうだうだしているid:Siestaさんの態度を見ると「うん。全然わかってないじゃん」っていうことになってしまうんです。繰り返し言う通り、私は社会構造の話をしてます。個別の例外をもって社会に存在する差別構造の存在を否定することはできません。たまたま、ホワイトトラッシュ的な白人より裕福で高学歴な黒人が存在したとしても、それをもってDriving While Blackに象徴される人種プロファイリング=黒人差別は現代アメリカにおいてまだ残っていることを否定はできないように。また女性から男性への暴力が存在することは確かに重要な問題ですが、それをもって男性→女性への暴力構造を否定することはできないように)

「このヘテロ!」という発話の暴力性と「このレズ/オカマ!」という発話の暴力性という対立が不適切であれば、以下のように言い換えてもいいです。

あなたは「初めて異性に/同性に恋愛感情を抱いたのはいつ?ど」「父親/母親との関係に問題があるの?」「性的に満足したことがないんじゃないの?」のような非常にプライベートで普段だったら人にいちいち答えたくないような質問が、異性愛者に対して投げかけられることが少ないのに対し、非異性愛者に対してはほぼ日常的に問われているとは思いませんか?(またその質問に答えつづけようとする副作用として「同性愛者は性的な話ばっかりする」というステロタイプが強化されてしまうとは思いませんか?)

↑シンプルに「12の質問」に戻って来てしまいましたが、これがあなたに引き続き考えて頂きたいことです。

■「本当は私の痛みはあんたのせいなんだよ、とっとと気づけ!」発言についてですが、これについては流れをもう一度確認させて下さい。

id:Siestaさんが、トランスジェンダーの歌手である中村中の歌を礼賛する発言をしました。


そう、このうたは中村の個人的な語りでありながら、MtFとそれ以外のあいだの壁を超えて届いていきうる。個人的なものでありながらものすごく普遍性がある。
 こういう語りこそ、「MtFは一見特異な存在であるけれども、MtFの抱えている痛みのごく一部はほんとうはみんなにもわかるはずのものなんだから、だからこそMtFをキワモノ扱いしてはいけない」という「気づき」へつながりうるんじゃないか。このうたの痛みを非モテやヘテロやトランスやそれぞれの立場から聴きとったひとはみんな、(普段はお互いを理解し合ってないけれども、)本来みんなそれぞれの立場をもったマイノリティだったんだということを思い出すんじゃないか。
 ヘテロセクシズムのおかしさについて「気づき」を求めるなら、こういう語りからはじめたほうがいいとぼくは思う。

http://h.hatena.ne.jp/Siesta/9234069076122180603




これに対してid:nodadaさんの発言。


わたしあの中村中の曲やっぱキライ。
アレをどう解釈するも自由なんだけど、とくにTG的な問題に引き付けて解釈すると、アレって結局保守的なジェンダーと、マジョリティ様にも耳障りのいいへりくだった物言いしかしてないもの。
本当は
私の痛みはあんたのせいなんだよ、とっとと気づけ!
て言ってもいいのに、マイノリティはまずへりくだってからじゃないとまともに話も聞いてもらえないってのはよくある話だよな。
本来耳を澄ますべきはマジョリティの方なのに。

http://h.hatena.ne.jp/nodada/9234280182485318512



これに対してid:Siestaさんが

nodadaさん:「本当は私の痛みはあんたのせいなんだよ、とっとと気づけ! て言ってもいいのに」
 
まさしくぼくもそう思う。

http://h.hatena.ne.jp/Siesta/9234069076407432045



とか他人事みたいな寝ぼけたこといってるので「あなた、他人事じゃないんだよ?この人は自分がそう言われる対象になりうることをわかってるのかな?事実そうやって言われた時どう反応するのかな?」っていう実験的な意味合いを込めて書いたので、「」の中に入れて、発言したわけです。

「本当は私の痛みはあんたのせいなんだよ、とっとと気づけ! て言ってもいい」とか言いながら、実際、じゃあってんで、言ってみたら、そのセリフを根拠とし批判ですか。なんだかなあ。実際に自分が「本当は私の痛みはあんたのせいなんだよ、とっとと気づけ!」というセリフを投げかけられうる立場にあるってことを全然理解してないじゃないですか。

(ちなみに「本当は私の痛みはあんたのせいなんだよ、とっとと気づけ!」という言葉自体は私個人の気持ちとはちょっとずれています)

■あと、みやきちさんの「レズビアンに対するヘイトクライムと同程度にヘテロ男性に対するヘイトクライムが存在するならば実例を挙げてください」という趣旨のエントリ(厳密には違う言い回しでしたが、オリジナルは既に削除されているので、うろ覚えですみません)に対して、あまりにズレた返答をなさってると感じますので、横からですみませんが批判させていただきます。

なお、miyakichiさんは私に対して被害体験の実例について語るように何度も迫っておられますが、それこそが一種の暴力だということをご理解いただけませんか。あるいは、セカンドレイプということばが被害男性には適用されないというのであれば、私はただただ口をつぐむしかありません。

http://h.hatena.ne.jp/Siesta/9234087596277630336



誰も、何も、あなた自身の被害体験の実例を語れなんて一言も言っていないわけですよ。なんで、いっつも「ボクボクボクボク」なの?ボクの話はしてないの。社会の話をしてるのよ。ってずっと言ってるんだけどな。

で、何も自分自身の話でないとしても、ヘイトクライムの実例を挙げること自体が、暴力の被害者にとってはセカンドレイプ的に暴力的に働きうる(なので実例を挙げられない)という可能性は想像できる。もしかして、ヘイトクライムについて語ることは、非常にあなたにとって辛いことなのかもしれない。

でもね、レズビアンが被害者となったヘイトクライムを集めて紹介して「レズビアンがこれだけ暴力に曝されてる」とかって示す作業っていうのは、それをする当事者自身(個別の誰というのではなく一般化させてもらいます)にとっても、非常に暴力的に働いてる可能性だってあるわけですよ。それこそセカンドレイプ的に働いている可能性すらあると思っています。でも、そういう痛みを必死で乗り越えて異性愛中心主義という、社会の不均衡について指摘しようとしているわけじゃないですか。

それについて、「キミが暴力的な作業に堪えながら異議を申し立てるのは勝手だけど、ボクは暴力的な作業はイヤだからその異議については反証しません」っていうのは本当に傲慢な態度であり、結果的に異性愛主義を顧みなくてすむヘテロ特権に胡座を書く行為だと批判されてもしかたないと思いますよ。

ていうか別に、ヘイトクライムの実例挙げるっていうのができないなら、それでもいいんです。現代社会において異性愛者と非異性愛者のおかれた立場の不均衡さを示す一つの例がヘイトクライムの数だってだけで。その不均衡さの存在を認めるか、認めないかっていうのが私たちの間に横たわる問題の本質だと思ってます。

☆ ☆ ☆

id:Siestaさんは疲弊されたということで、今後しばらく沈黙されるそうですが、上で訴えているような問題については是非考えて頂きたいと思います。

私も今回のやりとりで学んだことを今後も考え続けていきたいと思います。

議論で直接やりとりした方、それ以外の方も含め、一連のやり取りをご覧になって、何か感じられた方は是非トラックバックでご意見をお聞かせてください。拝読させていただきたいと思います。
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comment

 ずっと不思議に思っているんだけれど、私がそれを認めていないとどうして考えることができるんだろう? それについては私がいくら誤解を解こうと弁明してもまったく理解されない。
 わかってねーのはてめーだ。ってきつく言えばそろそろわかってくれるんだろうか。
 私は一般論については認めている。そもそも社会における差別構造の存在を一度も否定していない。
 ところで個別の例を例外と見なすには一定の手続きが必要であり、その諸条件についてはcalibabyさんが考慮していなければならない。そうでなければいわゆる解釈学的循環によって個別の例を一般論に返していかなければならない。
 calibabyさんは一般と個別の関係をまったく理解していない。個別例を一般論に投げ返さない社会学には何の意義も価値もない。calibabyさんは個別例を一般論に投げ返すチャンス、つまり「これまで森を見ていたんだけど特殊な木からもう一度森を見直すチャンス」をみすみす失っている。
 単に「異性愛主義の偏重」「社会構造の明らかな不均衡」を訴えることは、[[異性愛者に対する12の質問]]というキーワードを用いなくても十分にできたはずのことだ。*1 それはブログにセミナー的な記事を書いてゆけばいい。
 あの質問の意義はむしろワークショップ的な対話にある。質問をすれば回答が出される。そこで必ず対話が起こる。それなのになぜ、calibabyさんは個別の相手の話を聞こうとしなかったのか。判断中止してもう一度目の前の未知の他者と対話しなければならなかったはずなのに、なぜそうしなかったのか。今回calibabyさんがあらためて「個別の例などどうでもいい」と言い切ってしまったことは、結局、目の前の生きているひとりひとりの他者との対話の意義を、完全に台無しにさせることになってしまったのではないか。
 
*1 なお、繰り返し言っておくけれど、私がそれを認めていないとcalibabyさんはどうして考えることができるのか? もちろん、確かに私はcalibabyさんの社会構造認識とは細部において異なる認識を持っており、calibabyさんの考える社会構造はあまりにも静的すぎるという見解を抱いていて、とくにその見解はid:nodadaさんとの議論のなかで明らかにしてきた。実際には社会構造は静的な面と動的な面を同時にあわせもっている。つまり「資本主義社会においてはもっとダイナミックな力が作用しており、にも関わらず堅固な体制がなおも解体されずにいる」ということが問題なんだ。その場合、作用している力を捉え損ねて静的なかたちで理解をしすぎると、解体すべきものがなぜ解体されないのかがそもそもわからなくなる。私はこの点をずっと議論してきた(前回の返答3を参照)けれど、calibabyさんは私の見解についてずっと勘違いしているせいか一度もその議論に乗ってくれていない。
ふむ。id:Siestaさん。メッセージありがとうございます。

id:Siestaさんの前回の返答3については、実は、結構考えてつづけてたのですが(私のポスト済の回答には反映していません)

その結果なんとなく、私たちのすれ違いの理由が見えて来てます。

今回の議論のすれ違いの一番の原因は、「類型化の権力」「規定されること」「カテゴリを固定的に捉える」自体を一番に問題にする id:Siestaさんと、「類型化されたカテゴリ間の権力構造」を問題にしようとする私との問題意識がはじっめからずれてるんだなーっていうのを今感じてて。

これについては、id:Siestaさんの問題意識もわからないでもないのです。

これについてはあとで書きます。

一般化と個別「「これまで森を見ていたんだけど特殊な木からもう一度森を見直すチャンス」」については、相変わらず、鋭く対立しそうですが…。

ちょっと考えさせてください。

明日の午後以降になってしまうと思いますが、またお返事を書かせて頂きますね。

よろしくお願い致します。
すみません。ひとつだけたずねさせてください。私がパート2で書いたことなのですが…。


ヘテロであり、非トランスであり、男性であり、例えば白人の誰かが「マイノリティ」であるということと、例えば、レズビアンであり、女性であり、黒人である誰かが「マイノリティ」というということには、圧倒的な差異があるんですよ。この二つの「マイノリティ」の意味は全く異なる。


↑私はこう書いているのですが、この部分については、id:Siestaさんは同意いただけているのでしょうか?

私は上の箇所に続けて以下のように書いていますが…。

この時に、その差異を無視して、フラットに「あらゆる存在がマイノリティである」と言い切ってしまうことは、重大な何かを見逃すことであり、私は同意しかねます。

この部分についてid:Siestaさんはどうお考えなのでしょうか?
> そういう議論にとってノイズとなるような「実存への言及」を議論において政治的に優位に立つために使用するのは卑怯だと私は言ってるのです。
 
 「異性愛者に対する12の質問」においてまさしくアイデンティティー政治をあなたがしているという指摘が、議論のさなかに私以外の方からなされました。お読みになりましたか?
 
> 異性愛中心主義を指摘することは異性愛者を抑圧しようとする試みではない
 
 もちろんです。しかしあなたが当該議論において行った発言のうちいくつかは、あなたが正当に議論を行いたいと願う限り抑圧すべきではないものを、抑圧していました。それを自覚なさっていない限り抑圧されたものは永遠に回帰するでしょう。
> ヘテロであり、非トランスであり、男性であり、例えば白人の誰かが「マイノリティ」であるということと、例えば、レズビアンであり、女性であり、黒人である誰かが「マイノリティ」というということには、圧倒的な差異があるんですよ。この二つの「マイノリティ」の意味は全く異なる。この二つの「マイノリティ」の意味は全く異なる。この時に、その差異を無視して、フラットに「あらゆる存在がマイノリティである」と言い切ってしまうことは、重大な何かを見逃すことであり、私は同意しかねます。
 
 まさしく、構造分析においてはその差異性に非常にこだわらなければならないということ、それについては異論はありません。しかしながら、連帯の際には別だということです。というより、classを超えて連帯するにはその一点に賭けるしかないということです。つまり次のような観点によって。「あなたが痛みを感じるひとりの人間であり、私もまた別の痛みを感じるひとりの人間である。痛みの質は異なるが痛みを生み出しているのは同じひとつの“生を否定する種の”力である。この力にわれわれはともに抗えるはずだ。この力に対して別々に闘いを仕掛けることで全面的に覆せるはずだ。」(この最後の文を言い換えると、ヘテロ女性差別とゲイ男性差別とレズビアン女性差別と非性愛者差別とがひとつの規定型権力の別の側面である以上、包括的に解体しなければならないということです。部分が残るとすぐに再生するからです。)
> 今回の議論のすれ違いの一番の原因は、「類型化の権力」「規定されること」「カテゴリを固定的に捉える」自体を一番に問題にする id:Siestaさんと、「類型化されたカテゴリ間の権力構造」を問題にしようとする私との問題意識がはじっめからずれてるんだなーっていうのを今感じてて。
 
 類型を規定する権力はカテゴリ間のパワーバランスにも部分的に関わっていると私は思います。(もちろん、たとえば性犯罪においては力の強い者が主に自らの力の誇示を目的として力の弱い者を圧倒的に痛めつけるものですが、こうした事例においては実質的な力の強さが最大の因子です。)
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痛みを与える「力」の正体について
無知がある一つの知識についての無知である限り――言うまでもなく、その知識自体が別な真実の制度においては、真実と見られたり虚偽と見られたりし得るのだが――これら様々な無知は、原始の暗闇の断片であることなどからはほど遠く、特定の知識に応じ、その特定の知識に...
  • 2009/06/09 17:24
  • url
[雑記]一旦消した2009年6月7日のエントリを再掲しました。
先日消したエントリを再掲いたしました。再掲にあたり、冒頭にサマリーをつけ、いただいた批判のいくつかについてのお答えを「補足1」「補足2」として文末につけました。以下のリンクからどうぞ。 レズビアンのミュージシャン、性的指向を理由に絡まれ殴られる - あるいは、
  • 2009/06/10 03:12
  • url
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