父親の話 2

父親の話 1」の続きです。
☆ ☆ ☆

何があったのかわからない。

いつからかだっただろう。

父親が、正月でもないのに靖国神社とか遊就館にちょくちょく行くようになり、本棚には「諸君!」「正論」のバックナンバーがずらりとならぶようになった。

「勉強になるから読むといい」といって付箋だらけの小林よしのりの「台湾論」やら「戦争論」やらが手渡されたりするようになった。

実は私はゴーマニズム宣言!を初めとする小林よしのりのマンガが結構好きで、自分でもかなり読んでいた。が、父親の小林よしのりの「戦争論」の読み方と私のそれとでは全く方向性が逆だった。

そう。父親はいつのまにか、右翼になっていたのだ!

新聞も我が家はずっと朝日新聞で、それに加えて「しんぶん赤旗」(共産党の機関誌)の日曜版までもとっていたのが、その後赤旗がなくなり、次に朝日が毎日になり、やがて父親が産經新聞にしたいと言い出した時には、家族会議が開かれた。

…お父さんさあ…一体どうしちゃったの?

なぜ、父親はこんなにも転向したのか?
きっと彼には彼なりの理由があったのだろう。

その理由を彼が直接語ったことはないし、私が直接聞いたこともない。思春期を迎えた私は、以前ほど親しく父親と語り合うことはもうなかったのだ。

私は、頑固オヤジと化した父親に対して、軽蔑まじりの目を向けた。

(あのさあ、お父さんが昔、あれほど熱っぽく私に語ってたのって…あれってなんだったの?結局何も信じてなかったの?お父さんのことを、極端だけど、強い理想を持った人だと思ってたのに、単に軟弱な人だったの?)

父親の話 3 に続きます。
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