「レズビアンの『友情』は、恋愛の『前戯』である」へのささやかかな抵抗としての「アンチ片思い」

久しぶりに恋愛について書く。「片思い」と「レズの友情」についてだ。
※以下の恋愛論は、特にアメリカで感じたことなので、日本で日本人同士に恋愛に当てはまるかは謎です。まあ一部当てはまる部分はあるかもしれんが。まあ後半は違う話になるので頑張って読んでくれ。

■「ねえねえ彼女って私に気があるのかな?」みたいな相談を受けることがたまにある。でも、「これって気があるってこと?」って考えたり、人に聞かなきゃわからない、っていことは、それは「気がない」ってことなんですよ。というのが私の持論。「気があるのかな」とか思ってうじうじしているくらいなら、さっさと本人に聞いて、デートに誘うべき。「あなたのこと、気になってるんだけど、デートしない?」って。うじうじしたままずーっと片思いするのは不毛。←「キモい」とかそういう感覚的な理由で言ってるわけじゃなくて、「不毛だ」というプラクティカルな理由で言ってる。

■気になるんだったらさっさと確かめるべき。そしてダメなら諦めるべき。私は片思いが嫌いです。以前も「アンチ片思い」として書きましたし、ラジオでも「片思いはよくない」といつも言っています。

片思いは美しいものじゃない。片思いはいくら貫いても、誰も幸せにならない。「片思いを成就させた人を知ってます」だって?それは片思いしてた相手がアクションを起こすなりなんなりして片思いが成就したからハッピーなんであって、そんなのを目的に片思いを美化するのはなんか違うだろ。いくら片思いしててもそれ自体はコミュニケーションの不全です。

■それでも片思いをしちゃう場合はあるだろう。諦めきれないとか…片思いをしてしまうことはあると思う。それはわかる。しかたない。でもそれは「葬り去るべき感情」と割り切ってとっとと諦めるよう努力しようよ。現実にそんなにサクサク諦められないって?まあねえ、気持ちは変えられないんだから、そんな時は、しかたなく、好きでいるしかない。でも、片思いしてる自分に陶酔して、その感情を美化したり、恋愛感情を小出しに相手に見せて、相手を喜ばせたり、怖がらせたりするのはやめようよ。そういうのでつながってる人間関係はちょっと病んでいる。

■というわけで、私はアンチ片思い。「片思い」するくらいなら、「口説こう」そして、ダメなら、きっぱり諦めよう。(それでも我慢できない場合は徹底的に隠そう。というのが私のスタンス。

■で、この私の片思いを忌み嫌う感覚というのは、ある意味、近親相姦をタブー視する感覚と似ているのね。欲望の存在を否定するというよりも、欲望を前提としたうえで、それを禁忌としなければ社会が円滑にすすまないので処世術としてタブー視してるというか。そして、その裏には、自分のセクシャリティが関係していると思った。

もう少し詳しく書く。

もし、自分がノンケで、ヘテロセクシズムに疑問も持たず、「異性愛が当然でしょ★」みたいな世界に住んでいたら…恋愛は男と女の間に発生するのが当然であって、同性間には発生し得ない。だから男女はどんなに仲良くなっても、そこには「恋愛の予感」があるし(『男女間に友情は成立するか?』という深刻ぶった質問の裏に潜むヘテロセクシズムにはいつもうんざりさせられる!)、同性間はどんなに仲良くなって一緒のベッドで寝ても、それは無害なだけ。そこでありえる「片思い」は必ず男女間のものであり、しかもそれはある程度予想がされてるものだから、「俺、実は…」ってなっても、驚くことはあったとしても、自分がよってたつ地面が揺らぐほどのインパクトはない。むしろ、同性同士という、安全圏が想定されているからこそ、「片思い」というなんか秘密っぽい恋は危険でもなく、楽しめるものかもしれない。つまり、異性愛社会においては「片思い」つっても、それは異性からのものって限定されてる以上ある程度予測可能であり、それほど「片思い」の持つインパクトっというか破壊力がないんだな。

でもって。

実際には、私たちの生きているこの世はもっと複雑。そんな風に恋愛といえば男女、とか恋愛といえばタチとネコ、みたいな単純な社会じゃないわけで。そんなのが当然の社会だと、本当、どことどこに恋愛関係が発生するのかまったく予測できない。変な話、いつ誰とそういう関係が生じるかわからないし、誰にも気を許せない、っていう状態になる。

まあ、もちろん、多様なセクシャリティが共存する環境においても、安全圏は出現しうる。例えば、カムアウト済みの環境において、自分以外全てノンケ女子で、私がそこのメンバーに恋愛感情を持っていないなどの限定的な条件下では、そこに恋愛感情の生まれる余地はない。それってある意味安心で心地よい(他のメンバーにとっては“レズのゆう”が混じっていることは不安の源かもしれないが・汗)。

ところが、多くの場合そういう限定的な条件が成立することは少ない。特に、レズビアンの世界においては、ノンケの世界における「同性間においてはとりあえず恋愛はなしねっ!」というような建前も存在しないため(タチ/ネコやフェム/タチというジャンルわけも私には当てはまらない。なのでフェム同士だから安心とか、タチ同士だから安心とか、そういうのもない)、もう、これは全裸で肉食獣だらけのサバンナを歩くようなもん。そういう世界においては、「超友達だと思っていた相手が実は自分のことを好きだった!」とか、「相手からは友達だとしか思われていないが、実はめちゃくちゃ好きである」という事態が結構起こりえるわけだが、それは相手と自分が築いてきた関係の土台が崩れるほどのインパクトを持つ。友情が比較的穏やかで安定した関係なのに対し、恋愛は、かなり不安定で時間とともに質が変わるタイプの関係性だから。恋愛が絡んだとたん、人間関係のダイナミクスが大きく変わる。それをもたらしうる「片思い」というのは、非常に危険。ニトログリセリン!

■ここで、一応言っておきたいのは私自身は誰が友達で誰が恋人候補って比較的分けるタイプであり、私自身が、周りの誰も彼もを恋愛対象としてみて頭の中大変なことになってる、というわけではないってこと。自分の中ではこの人は友達カテゴリ、この人はデートに誘いたい、この人はパートナーがいるからout of the marketとか結構きっちり分かれている。というより分けなきゃいけない!という規範意識がめちゃ強い。ただ分けようとしてもきっぱり分けることは不可能だし、それが越境することもやはりある。「うちらの間には恋愛が存在しないよね!」という建前の人は非常に少ない。まあゲイの男の子くらいか?

で、友達だと思っていた相手が性愛の相手にもなり得るという揺らぎは非常に恐ろしい。そのトランスの瞬間は、相手が魅力的だった場合は、一種の恍惚ですらあるが…多くの場合は気まずい。というか気持ち悪いし、相手と今まで築いてきた関係のベースに相手の恋愛感情があったのかとおもうと、今までのうちらの友情はなんだったんだという絶望的な気分にすらなる。自分が当事者となる場合だけじゃなくても、例えば誰かが「あの子とは超友達だって!」と言い張っていた子のことを実は好きだったとかそういう話を聞く度に背筋がぞっとする。

ああ、安全圏なんてないんだな~。って。

■ではなぜ(絶対恋愛にならない)安全圏が欲しいのか?絶対安全圏なんて本当はありえないし、それでいいんじゃないのか?相手との間に、性愛の可能性が常にあることを含めた上で仲良くなるのではなぜいけないのか?もしかしてそれでもいいんじゃないのか?とも思う。つまり、今の私は、自分の規範意識にとらわれすぎているだけであって、そういうのをあんまり潔癖に捉えすぎず、片思い的な感情をいだきつつ、同時に相手と友達でいる、というようなあり方とおりあいをつけていかなきゃいけないんじゃないか。というか、それが既に現実なわけだから、好き嫌いを問わず受け入れなくてはいけないだろ、と。…で、ここから先はまだ考えてない。これから先考えていかなきゃいけないと思ってる。

ただ一つだけ言えることは…。

私は過去の恋愛において「超友達」「やめてよーありえないよ友達だよ。うちらは」的なものいいに何度も何度も騙されてきた。だから「うちらは友達だよ」的なものを全く信用してない。(またまた、そんなこといってころっと恋愛関係になることなんて十分あるやろ?)っていつもどこかで思っている。

何年つきあってる彼女がいようが、結婚していようが、関係ないよねー。誰と誰が恋愛関係になりえるって本当どういう可能性でもあり得る。特にレズビアンの世界ではそれが顕著なような気がする。

(ベットとアリスとディナとララとカルメンとシェーンとジェニーのことを思い出してごらんよ~パーフェクトトライアングルだよ~←根に持ってる←意味わからなかったらすみません)

たしか、Lの世界のセリフで"Lesbians think friendship is another word for foreplay"だったかな、

レズビアンの「友情」は、恋愛の「前戯」である。


という言葉がある。

私はこの言葉に顔をしかめるが、それが意外と事実であることを痛いほど知っている。恋愛感情は、いつのまにか友情に入り込み、友情をじわじわ腐らせる。

だからこそ、私はそういう友達間の恋愛感情の芽である「片思い」は、なるべく風通しよく、すぐに表面に出して、口説き→デート/諦めるという行動にだすべきであり、秘めた恋心が化膿してだだ漏れして、友情関係(当事者間のみならず周りのグループも巻き込んだ人間関係)に破壊的なダメージを加えるのを防ごうとするわけです。

それが私の「アンチ片思い」を書いたときの意図だったんだなあと。

…で、なんで今こんなことを長々書いているのかは、いろいろ差し支えるので黙秘します。は~あ。やれやれ。
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  • 2009/07/01
Re: 「レズビアンの『友情』は、恋愛の『前戯』である」へのささやかかな抵抗としての「アンチ片思い」
はじめまして!
いつも楽しく拝見させていただいてます!
アリバイ会社をやっているものです!

読んでみたいと思います!!!


また遊びに来ます♪
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