死とかについて

自分のブログ死んだらどうなる?
http://sankei.jp.msn.com/economy/it/090813/its0908130748000-n2.htm

私が、ブログでも、ついったーでも、はてなでも動かなくなり、mixiもずーとログインしてないようになったら、たぶん事故か何かで死んでると思う。

恐ろしいことだ。

でも、このブログはしばらくは残るだろう。

…とかそーいうことを書くのは不吉と言われるかもしれない。でも私はいっつも結構そういうことを考えてる。はは。

そういえばさ、レズビアンの世界が狭いっていう話前にしたと思うけど、こういう「死」の世界の時にはそれを感じる。

レズビアン・コミュニティはかなり狭くて、ノンケだったら想像もできないくらい狭い。

だから、誰かが死ぬと、その子と全然面識がなくても、「XXちゃん、死んだんだって…」という形で結構耳に入ってくる。そんな時。全然知り合いでもなかった「あの子」の死がなんだか奇妙な重みをもって感じられる。

へえ。

このブログ書いてた子か。鬱だ鬱だって言ってたけど、まじで死んじゃったのか。はあ…って。

コメント欄とか、突然妙に愛情に満ちあふれた親身なコメントで埋め尽くされていてさ。

大好きな友達でした…って本人が亡くなった後言ってもしかたないべさ。弔いのプロセスということはわかるが。だけどそんなだったら、死ぬ前に一言言ってやれよ!とか思うわけで。死んだ後に何言っても、無駄よ。本人の気持ちの整理になるっていうのは承知だが、そんなあからさまにマスターベーション的なものを大げさに泣きじゃくりながらやんなくてもいいだろー。

お前はアイツが生きてる時に、言うべきことをいえなかった。

今さら言ってもアイツの耳には一生届かない。



しかしさ。
少しずつ死んでるってすごい辛いよね。
どうせ最後には死ぬんだから、もう皆早送りで死んじゃえ!とかたまに思う。

人がゆっくり老いて、死んでくのを見るの辛いから。

でもそれって、人間を「うんこ製造機」として捉えるようなもんで、間違ってると思う。
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  • 2009/08/15
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