Visibility Project in LA

昨日は、友人たちも多く関わっている「Visibility Project」というアートショーのレセプションに行ってきました。

SF&LAのアーティスト二人がコラボレーションし、アジア&パシフィックアイランダーのクィア女性、トランスジェンダー、ジェンダークィアなどの可視性を高めようというものです。

実際のコミュニティから被写体を募り、彼らの姿を映しています。

今回のVisibility Projectのテーマはクィアというだけに留まらず人種にも注目したものとなっている。

私は、アメリカに十分なじんだアジア人がなお、アジアとしてのアイデンティティで集まってこういうことをやってるのが面白いと思った。

私は、F.O.B.(新米移民)で、英語が満足に話せない為に、かなりコミュニティやアクティビズムから取り残されているような気分になることがある。だから当然同じようなバックグラウンドを持つ新米移民、特にアジア系とつるむと、片言の英語でもお互い様だし、お互い思いやりをもって接するので、気分が楽になるというのはあるのだ。

でも、アメリカで生まれ、完璧な英語を話す人でも、アジア人というだけで、メインストリームのゲイアクティビズムに参加していて「自分がマイノリティと感じる」とか、「自分たちのコミュニティが十分に反映されていない」と感じるアジア人は多いようだ、ということに最近気づいて、それが面白く感じた。

アメリカには、たくさんの「アジア」を切り口にした団体がたくさんあります。

Visibility Projectを支えた、AQWAは、そのひとつで、ロサンゼルスエリアを中心に、アジア&パシフィックアイランダーのクィア女性の集まり。

他には、API Equalityや多くの団体があります。

日本で生まれ育った人は多分「なんで、アジア人だけで集まる必要があるの?」と思うかもしれません。私も昔は、こちらのアジア人のアーティストが取り上げられる時、彼らが必ずといっていいほど彼の人種について言及し、「アジア人としてのプライド」や「アジア系移民としての特色」でもって解釈されることがどうも腑に落ちませんでした。

別に、人種別に固まらなくてもいいじゃん!って。

私は、今でも個人的にはそういう気持ちは強く持っているし、いわゆる日本人は他のアジア人に比べても、そういう人種的にオープンマインドなところがあると思う。

(中国人など一部のアジア人は、アジア至上主義というか、アジア人以外を見下すところがあることもなきにしもあらずだと思う。

かといって、日本人が多様性を受け入れているのかといえば必ずしもそうではなく、日本人も立派に人種差別的な部分を持っているが、それはどちらかというと肌の色というより同じアジア人に対する蔑視意識であり、妙に他の人種に対してオープンというところはあるように思う。まあはっきりいうと、…日本で生まれ育った人は、アジア人としてのアイデンティティがほとんどないので、その分非アジア人に対してはフレンドリーだが、アジア人への差別意識を内面化しているというか・汗)←少なくとも私はそうだった。

だが、アメリカで生活すると、嫌でも「自分はアジア人なんだ」と思い知らされるし、ある程度、アジア人移民が、アジア人移民同士で固まって自らの地位を上げてきたというバックグラウンドに気づくようになるし、ゲイが可視性をあげるように、アジア人もまた、ビジネスや政治の世界で存在感をあげるように必死で努力してきたことがよくわかる。

アジア系のゲイ団体に顔を出すと、メインストリームのゲイムーブメントが「いかに白人男性主導ですすんでいるか」ということが取り上げられる。私は正直いって、メインストリームのゲイムーブメント自体あまり経験していないので、それがどの程度事実なのか?そしてその事実がどのようにアジア系コミュニティにとってネガティブに働いているのかわからない。

でも、少なくとも、多くのアジア系クィアコミュニティは、メインストリームのゲイ・ムーブメントに対して満足していないし、そのコミュニティの中でも、女性は男性中心の活動に満足していないし、パシフィックアイランダーは、アジア人主導の活動や、「パシフィックアイランダー」というレッテルに込められたステロタイプに不満を持っているし、インドや東南アジアは、「アジア」というカテゴリが時に示しかねない狭さが不満だし、トランスジェンダーは、シスジェンダー中心のコミュニティに不満を持っている…それに、多くの人は何も言わないが、英語が不十分なクィアは、英語ペラペラの人たちに比べてまた無視されてる感じを覚えるだろうな…とかあたしは思うわけだ。

…そしてこういう不自由さはどこまでいっても消えないし、不自由さにどこまでも敏感でいようとすることこそが、多分大事なんだろうな…。

そして、人々は常に小さいグループを作って、声を上げ、大きいグループに取り込まれて「見えなくならないように」という努力を常にしている。

そんなことを考えました。
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