小さな世界

レズビアンコミュニティにおいて、古典的ともいえるジョークのネタの1つが、その世界の狭さである。これは、ノンケやゲイ男性にはなかなかわからないだろう。SMとか、外専コミュニティとかより小さいコミュニティに属している人なら、少しは想像つくかもしれないが…。

とにかく、レズビアンコミュニティは狭い!狭い!狭い!

バイセクシャルなら、そのコミュニティから離れたところで、出会いがあったりするだろうが、同性とつきあいたい場合は、どうしても狭い世界になってしまう。

好む好まないとに関わらず、その狭さに、私たちは慣れなければならない。

★ ★ ★

今日は東海岸に引っ越した友達が遊びに来てたので、久しぶりに古い友達たちが集まって夕食。…実は、彼らは、丁度1年前にいろいろ色恋でどろどろしてた組(てか皆同じ子を好きで取り合ってたり、いろいろ駆け引きしててすごい疲れたのね~)なんだよね。今はもう収まって、皆それぞれ新しい恋人とかと楽しくやってるんだけど、(最後にこの子たちと会ったのいつだっけ…)って考えたら、いろいろ思い出して、心の底からげんなりしてしまった…。

やれやれだ。

それでも、やっぱりそのうざったさを乗り越えるしかない。このどうしようもない狭さや閉塞感は、いくら嘆いても嫌っても逃げ切れるものではなく、折り合いをつけていくしかないものなのだ。

元カノとばったり会うことを嫌っていたら、どこにも遊びに行けないし、元カノとの共通の知りあいを避けていたら、誰とも友達になれない。

しかたないよね。

The L wordの人間関係のどろどろぶりは、決して誇張したものではなくて、あれってWeHoとかの人間関係をよく表しているなあーと思う。

しかし、一度情熱が通り過ぎれば、こんなに普通に接することができるのに、誰かを好きになったり、好きになってほしがったりしてる最中、ってどうして、人ってあんなにおかしくなってしまうんだろうねー?

殴り合ったり、引っ掻き合ったり、押しのけあったり、嘘をついたり、隠したり。どれもこれも、誰かの心を手にいれたいという狂おしいまでの感情がなせるわざ。

一度、目が覚めてしまえば、好きだった相手のことを冷静に見ることが出来るのに、どうして、熱狂の真っただ中だと何も見えなくなっているんだろうねー?

友達のことも、仲間のこともどうでもよくなってしまったみたいに、女の子のお尻ばっかりおっかけてさあ。

1年前のいざこざは、自分の話じゃなくて、あくまで皆さんが大騒ぎしていたのを眺めていただけだけど、自分もそういう風になることはよくあるから他人事じゃない。

今の私はクールに構えてられる。

誰のことも好きじゃなくて、誰とでもflirtできて、誰とでもmake outできて、誰とhook upしても誰にも何も文句を言われない。

今の私は超自由。それが心地いい。

でも、また誰かを好きになったら、昼も夜もその子のことばっかり考えちゃって、メールがいつ入ってくるかとかで一喜一憂して、返事するのにも考えて、どんどん好きになって、どんどん好きになってほしくなって、焼きもちをやきはじめ、束縛したがり、友達のことも仕事のことも勉強のことも活動のこともほったらかしでその子のことばっかり昼も夜も考えてブログに書くのもその子のことばっかりになるのは目に見えてる。

はあ…。

だから、今はニコニコしてる彼女たちが、1年前にはまるで髪の毛をひっぱりあうようにして、醜い争いを繰り広げていたことを、笑えないし、それはまったくもって私の姿そのものでもあるのだった…。

★ ★ ★

もしも、人間から煩悩ってやつが消えたなら、ずいぶんこの世も平和になることだろう。

でも、そんなことは絶対にない。この世から麻薬がなくならないように、この世から“逸脱”とされる性行動がいつまでのなくならないように…人間が煩悩から自由になることはないだろう。そして、あっちからもこっちからも噴出する下心と欲望でどろどろになったこの狭すぎるコミュニティに、すこしうんざりしながらも、そこで生きていくしかないのかな…と思う。

Lの世界は狭い~Lの世界はひとつ~♪

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