チェーン・リアクション -4-

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今考えればキキは、“日本人好き”だったんだ、とはっきりわかる。たまにいるんだよね。日本文化が好きで、日本のアニメを観て、J-POPばっかり聴いて、寿司が大好きで、箸を使いこなせることを誇りに思い、片言の日本語を話し、日本人と見ると贔屓してくれる…というそういうタイプの“日本人好き”が。

キキのあのキラキラした瞳は、「私」という人間を通り抜け、その奥にある、「日本」という属性を見ていた。

でも、当時の私には、そんなことわからなかった。

私は、キキの彼女の完璧すぎるカーブを描くまつげだとか、金色の産毛に包まれたなめらかな頬を見つめるのに忙しかった。

★ ★ ★

キキは暇なのかなんなのか、とても腰が軽くて、いつでも一緒に遊びたがった。車がない私を遊びに誘ってくれる子じたいとても少なかったのだが、そんな私をいつもキキは連れ回してくれた。

学校が終わるとすぐに電話してきたキキ。リトル東京の日系書店で一緒に雑誌を選んだキキ。サンセットビーチに夕陽(サンセット!)を見にいこうといったキキ。

キキはいつもベロニカの車を運転していた。

私もキキも車を持っていなかったので、ベロニカの車なしでは二人はどこにも行けなかった。それどころか二人が二人きりになることすらできなかった。新車の匂いがまだ消えないBMWの中で二人きりになっても、これはベロニカの車だから…いつもどこかでベロニカが私たちを見ているようにも感じた。私は、キキに車を自由に使わせるベロニカの寛大さに感謝したけど、どこかで、いいのかな~とも思ってた。確かに、キキとベロニカは同郷というので、仲が良かった。けど、私には自由に車を使わせてくれるような友達はいなかったし、将来自分の車を誰か友達に自由に運転させるなんていうことも想像しづらなかった。

「ねえ、いつもベロニカの車運転してるけど…いいの?」

「ベロニカの、おじさんのよ」

キキは訂正した。

「あ、そうなんだ、だから、つまり…ベロニカのおじさんの車いっつも乗ってていいの?」

「ベロニカがいいっていったもん。おじさんはメキシコにいるから。その間使ってていいよ、って。ベロニカと私は家族だから、おじさんも、私のおじさんなの。おじさんは私のことを家族だと思ってるの。おじさんは、メキシコでテキスタイルの仕事をしているの。おじさんは…」

「ベロニカと、キキって、親戚なの?」

知らなかった。

少し混乱して尋ねる。

「親戚、っていうかファミリーメンバーみたいなものなの。私たちはいつも助け合うから。ベロニカは私のシスターなの…。シスターは、日本語でなんていう?」

「お姉さん」

「オネエサン…?」

「そう」

「ねえ、ゆうも、私のオネエサンになってくれる?」

…え?何を言ってるのかよくわかんない。けどドキっとする。キキは大真面目な顔だ。…わかった。キキのオネエサンになってあげる。私はドギマギしながら言う。

★ ★ ★

周りのみんなはすぐに噂を始めた。
キキとゆう、仲いいよね。

ニコールも興味しんしんだ。

で、最近、どうなの?キキとは。

フローズンヨーグルトをかきまぜながら、何気ないように尋ねる。その裏にギラつくような好奇心が見え隠れしている。

別に、と私はいった。

可能な限り、さらっと。さりげなく聞こえるように。でもうまくいかない。もちろん。私の声はほとんど震えているように聞こえるくらいだ。

でもさ、二人すーっごく仲いいじゃん。

まあね。だけど何でもない。

本当に?二人は本当は何かあるんじゃないの?キキ、ゆうのこと気に入ってる、と思うよ?

探るような目つき。

ああ。やめて。あなたが求めるものを私は持ってないよ。いっそ持ってたらどんなに楽なのか。

ため息をついてカップの中を覗き込むと、フローズン・ヨーグルトは半分以上溶けてしまっている。

そうだよ。私はキキのこと気に入ってる。キキがどう思ってるか知りたい。でもそんなことを言う訳には行かなかった。目の前でもっともらしい顔で相談に乗ってくれようとする彼女たちは、まるで砂糖の匂いを嗅ぎつけてあっという間に群がる蟻だ。でも私はそんな彼らに甘い蜜を与えようとは思わなかった。彼らの好奇心やうわさ話で、私たちの微妙なバランスが崩れてしまうのが怖かった。

キキと私の関係って何なの?

キキ。

あなたは私のことをどう思ってるの?

それは、私こそが一番知りたい疑問だった。

★ ★ ★

私がヒントを与えないので、彼女たちはキキにも容赦なく詮索の手を伸ばすのだった。

パーティに遅れていくために用意しながらキキは言う。

「…みんな、今…私たちがいちゃいちゃしてると思ってる。だから、パーティに遅れると思ってるのよ…ねえ、ファスナーあげて?」

とっくに準備の出来ている私は、苦笑いしながらキキが着替えるのを手伝う。キキの背中にはうっすら産毛が生えている。

「いつも、いつもエブリタイム!私があの子たちにあうと、ゆうとはどうなってるの?ゆうとホントはつきあってるんじゃないの?って」

「へぇ」

…なんとなく、キキの顔が見られない。

「私は、好きな子なんていないの。今は。今はマイ・ベスト・フレンドと友情を、育むだけでいいの」

マイ・ベスト・フレンド!

私はなぜか傷ついたような気持ちになりながら、冷蔵庫を開ける。

「ねえ、もう一本飲んでいい?」

「いいよ、ゆうが買って来たビールでしょ!」

私は微笑みながらビールを喉に流し込む。少しばかり冷たすぎて味がわからないけど、気にしない。一気に飲む。

★ ★ ★

キキは、20歳で、いわゆるアンダーエイジ=「未成年」だった。クラブに入る時に見せているIDはフェイクなのだという。初めは21歳だと言い張っていたのに、実は二十歳だった。私は驚かない。彼女がいかにもいかにもいかにも子供でいかにも年下で、いかにも甘えん坊でいかにもアンダーエイジだということを私は知っていたのだから。私は二十歳の子に魅力を覚える自分になぜか情けなさを感じる。ただ、美しいというだけなのか?いや、それだけではない。彼女の素直さや明るさやまっすぐに入り込んでくるところ全てが好ましかった。しかしそれらの「美徳」は全て、彼女の若さ(あるいは幼さ)の現れにすぎず、本当にそれらを「魅力」と呼んでいいのかどうか分からなかった。

でもそういうこととは本当はどうでもよかった。私は彼女を眺め、その美しさを堪能することに夢中になってた。彼女の様々な言動が「幼さ」の現れだろうが、「魅力」の証明だろうが、私が彼女といる時に感じるこのあらがえない引力の存在は否定できない。

前の彼女とは、高校で知り合った、とキキは言ってる。唇から白い歯が見える。真っ白だ。ホワイトニングしてるんだろうか。私は頷きながら考えている。3年間つきあった。愛してた。彼女は浮気しやがったのよ。時計屋のボスとね。別れて、心が今でも痛いの。テキーラを飲んでクレージーになると、その痛みがぼやけるような気がするわ。キキは哀しそうな顔をしてみせる。私はその顔を見つめながら頷く。

★ ★ ★

キキと仲良くなるのは嬉しかった。
キキが心を開き、えっそんなことまで?と思うくらい、いろんなことを打ち明けてくれるのが嬉しかった。

が、仲良くなればなるほど、キキのことを理解できないと感じる瞬間も多くなった。

例えば、キキと仲良くなっていっても、私はキキの側にいるベロニカとはあまり仲良くなれなかった。

ベロニカは何をして生計を立てているのか!?
ベロニカって金持ちなのか?
ベロニカとキキは全然性格が違うように見えるのに、なぜそんなに仲いいのか?

ベロニカとエリが時々遊んでいるらしいことを私は間接的に知ったが、私にはそれも理解できなかった。っていうか、二人は本当に友達なのか?デートしてるのか?私にはわからなかった。そもそも、ベロニカは何でエリと仲良くなるわけ?エリが結婚して、子供までいることを、ベロニカは知ってるんだろうか?

私はエリが結婚していることを、ウェストハリウッドで言いふらしたりしたくはなかった。でも、自分の友達が誰かと遊んでいる時、その相手が結婚してることとか…そういうことを知っているのか気になるのは当然だと思う。

あれからエリには一度も会っていなかった。ウェストハリウッドでも、日系のパーティでも、もうエリのことを見かけなかった。どうもエリはあの日に、たまたまダンナさんのつきあいで顔を出したにすぎず、自分自身はパーティでネットワーキングをする必要はないようだった。

だから、私はエリのことなんてすっかり忘れていた。私が彼女を忘れるのと同時に、エリも存在ごと消えてくれていたらどんなによかったことだろう。ウェストハリウッドであったのも、日系のパーティで会ったのも全部夢だったのなら!

でももちろん、そんなことはおこらなかった。

-続く-
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Re: チェーン・リアクション -4-
ん~。 先が 気になっちゃう。。。。 
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