英語の授業

エリザベス・キューブラー・ロスの本を買った。

「死ぬ瞬間」と死後の生 (中公文庫)

別に何気なく他のいろんな本と一緒に買っただけなのだが、ちょっと読んでいたら、なんだかうるうるきてしまった。

死ぬ、ということを、いつのまにかすごく恐れていたんだなということを思い出した。
いつか、死ぬ、ということを忘れたふりをしていた。

大学時代を思い出した。

大学の英語の授業で使われていたのがキューブラー・ロスの『死ぬ瞬間』だった。毎週決められたところまでを読んで、当日は当てられた人が、読んで読解するという授業だった。

私は、当時、とにかく憂鬱で、体を起こすだけでもダルく、気がつくとすぐに一日が終わってしまうので、どこにも出かけることができなかった。理由はわからん。いわゆる鬱病だったのか?謎だ。別に病院も行ってなかったし、薬も飲んでいなかったけど、とにかく毎日ふさぎ込んでいた。大学にはほとんどいけなかった。だから、英語の授業も結構休みがちで、あんまり出席してなかった。それでもわりと大学の授業の中では出ていた方だったのだが。その授業には多分7、8人しかいなかった。今でも覚えてる。先生は、誰も真面目に予習してくる人がいないとよく嘆いていた。でも、私はその授業が結構好きだった。

キューブラー・ロスと、鈴木大拙の話ばっかりしていた先生の授業が。

ある日、先生に呼ばれた。

「あなたは出席日数が足りないから、このままだと単位があげられない。あなたには、何か事情があるんですか?」

じじょー?

なんと答えればいーのか、わからなかった。

私はただ毎日がしんどかった。それが「事情」と呼べたのかどうかはわからない。でも、自分が単位は取れないということは、留年するのか?と思って情けなくてなけてきた。先生が気にかけくれていることが嬉しいというのもあったし、結構好きな先生の授業だったのに、よい生徒でいられていない罪悪感もあったし。いろんな感情がまざってたんだとおもー。

私はただ先生のまえで、ないていた。
私がけっきょく、先生になんと、いったのか。せんせーがなんとこたえたのか、どうやってその日の会話はおわったのか?

…覚えてない。



でも、とりあえず、テストはうけよーとおもって。

教科書読んだ。

(もちろん一冊じゃなくて範囲だけね)

それ自体は結構難しかったけど、面白かった。あと英語も好きだったから、面白かった。私は英語の意味がわからなくても、ただ、英語を音読するのが好きだった。

あとね、本が、『死ぬ瞬間』だもん。

いつもいつもいつも死について考えてた自分にはしっくりきたのかもしれないなー。

テストの当日。

教科書読んでたつもりだけど、結構難しかったのを覚えてる。ぜんぜんわからない。うなりながら、必死で答案用紙をかきあげた。とりあえずどーでもいーわ。私は試験答案はさっさと書き上げてとっとと提出するのが好きなんだ。どんな試験であっても、答案用紙を提出して、教室出た瞬間のそーかいな気分は…キーンと冷えた炭酸水をからからに乾いた喉に流し込む時の感じに似てる、ぜ!

学年末、私の英語の成績は「良」だった。

えっ。
うそ!

単位取れてるっ!

私は震えた。

せんせー、ありがとー。
あれ、本気で嬉しかった。


(採点手抜きしただけかもしれないが)


今も私は鈴木大拙の話をしてた先生の顔を結構覚えてる。
はげあたまと、茶色いレンズのはいった、メガネをね!
「死ぬ瞬間」と死後の生を読んでたら思い出した。

でもさ、せんせーの名前は、名前だけは、なんか覚えてないんだ!
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