人権保障を住民投票にかけるべきではない

■メイン州の敗北
2009年11月3日、メイン州でQuestion 1が通り、今年合法化されていた同性婚ができなくなった。同性カップルの婚姻する権利は民衆の多数決によって剥奪された。1年前の今日-2008年11月4日-カリフォルニア州においてProposition 8が通り、同年最高裁の判断により合法になっていた同性婚が不可能になったことを思い出させる。

1年前の悔しさと悲しさが蘇る。

私が強く言いたいことはたった一つ。

カリフォルニア州だろうが、メイン州だろうが、日本だろうが、少数派の権利保障を十分な討議を経ないまま「住民投票」などという最も原始的な直接民主主義の手段に任せることがオカしい。少数派の権利保障は、司法府または立法府によって成し遂げられるべきである。

■オバマの責任とオバマの微妙な立ち位置

このブログでも何度か書いてきたが、オバマ大統領は同性婚に反対であり、「平等を支持する」とは言うものの、メイン州の住民投票においても、明確に立ち位置を明言することを避けていた。そして、オバマ大統領は自らの肖像や言葉が、同性婚禁止派から利用されることを黙認していた。

これらの態度は1年前のカリフォルニア州でのProp 8の時から一貫していた。当時はまだ大統領候補であり、自らの当選を確実にするために、同性婚についてバッシングを招くような行動を控えたというのは理解できないでもない。が、今大統領の座にあるオバマが以上のように婚姻の平等が奪われることを黙認していたのは、批判されてもしかたない。

実際、今回の選挙結果をうけて、さっそくオバマに宛に行動を促す署名が集められている。経済危機、健康保険改革、戦争…多くの問題を抱えるオバマ政権にとって同性婚は確かに一つの“小さな問題”にすぎないかもしれない。だが、私はオバマがセクシャル・マイノリティの権利を忘れてほしくないし、常にそれをリマインドし続けるのがアクティビストの仕事だと思う。この“小さな問題”はオバマにとって鬼っ子であり、下手に足をつっこむと一気に攻撃されるし、何もしなくても攻撃されるやっかいなものなのは理解している。今回の選挙では、共和党が善戦し、オバマ政権は今後苦労が予想されるが、なんとか頑張ってほしい。

■アメリカ人の反応

全てではないが、今回の投票結果をうけて、メイン州を「意地悪」だと言ってみたり、「メイン州最悪」といってみたり、宗教右派を「頭の固い狂信者」と呼んだりしている人がネット上で目立った。(有名ブログや大きいメディアなどではなく、ついったーSNSなどでの一般人の生の声)

「No on hate(憎悪にノー:同性婚賛成派がしばしば掲げるスローガン)」をスローガンとするのであれば、自分たちと意見を異にする人々に対して「haters!」「bigots!」と罵倒を投げかけることは、まさしくそのスローガンと矛盾する行為であり、見ていて見苦しい。

こーゆーのがアメリカ人の芸風かもしれないが、私としてはこういう態度に違和感を覚えるし、何の解決にもならないと思う。

確かに、住民投票にむけて活発に働いたのは宗教右派であったし、実際選挙は多くの教会のお金によって支えられた。しかし、それでも各地で行なわれる住民投票では常に過半数の人々が同性婚に「ノー」と言っている。この事実とどう向き合い、そしてそれをどう受け止めるかが重要だと思う。実際同性婚に反対している人の理由は様々であり、彼ら全てが「hater(憎しみを持つ者)」「bigot(偏屈者、頑固者、狂信者)」ではないのだから、そう決めつけてアプローチすることは人々の心を変えるのに役に立たないだろう。

■今後どうすればいいのか

これまで通り、コツコツと理解を深める活動(身近な人へのカムアウトや個人的な体験談の共有、地域での教育的活動、更には政治家への働きかけ、ポップカルチャー、アート、セレブリティを利用とした感情的働きかけ…など)が重要なことに変わりはない。個人的にもそういう活動は続けるだろう。オバマ大統領やオプラ・ウィンフリーなど、「ゲイフレンドリーだが、現在はゲイリブに積極的でない影響力の強い人々」がもっと積極的に動けば、人々の心も大きく変わるだろう。

…といっても、私はもはや社会の多数派の心を一人一人変えていって投票で守ってもらおうということにはあまり期待していない。前半に書いたように、住民投票で少数派の権利が守られるということ自体ほぼないと思うし、同性婚に関して言えば、将来的にそれは不可能ではないとは思うが、あえてそれを狙っていくのは妙な戦略だと思う。

ある種のマイノリティは、どう頑張っても絶対にマジョリティにはなれないし、過半数の支持も得られないだろう。そして、たとえそうだとしても、その時にそのマイノリティの権利を保障する「仕組み」が必要なのであり、それこそ私たちが求めるべきものだと思うからだ。


結局これは「人権」の問題であり、「法の下の平等」についての話なのだ、ということをロジックで理解させるしかない。それを社会の仕組みを作っている一部の人間に理解させることが必要。具体的には、司法が大きな役割を果たすだろう。黒人公民権運動において、裁判が大きな役割を果たしたように。
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