【小説】PORTRAIT -似顔絵-

群衆の中でたった1人だけが目の中に飛び込んでくる。
そんな時がある。稀に。いつもおこる訳ではない。それはたまにしかおこらないし、それを予想していない時におこる。

リサはその夜、そもそも出かけること自体躊躇していた。ダラスからコンベンションのために訪れた取引先を一週間アテンドしたのでくたくただったのだ。けれど、友達がしつこく誘ってくれるのでしかたなく準備を始めた。

キツく束ねていた髪の毛をほどき、熱いシャワーの中に飛び込む。
ラベンダー・オイルを体にすりこみ、大きく息を吸い込む。

目をキツくつぶって、あける。

★ ★ ★

[完璧な彼女]の登場

慌ただしく動く喧噪の中、彼女の動きだけがスローモーション。まるで誰かを探しているみたいに、ゆっくりと視線を動かしている。…そしてその視線は、リサの上で止まった。完璧な彼女がリサを見ている。それとも、他の誰かを見ているのだろうか。高まる緊張。息が止まりそうになる。その次の瞬間、彼女は整った顔を崩し、リサにむかって微笑んだ。もう見間違いようがない。完璧な彼女はリサに笑いかけている。高なる動悸をおさえながら、微笑み返すと、彼女は何かを企むかのようにトイレの方を指さし、そちらへ歩き出した。

なに、あれ。フック・アップしようってこと?

友人の意見を聞こうと、隣を見るが、彼女は今のシーンを見逃したらしく、ぼーっと人ごみを眺めている。

「ねえ…!」

「うん?」

振り向いた友人のぼんやり表情をみた瞬間、リサはとっさに考えていたのとは違う行動に出ていた。

「私、トイレに行ってくる!」

★ ★ ★

ダンスフロアからトイレに向う通路に、彼女は立っていた。リサが来るのをわかっていたようにまっすぐリサを見ている。「待ってたわ」というかのように、微笑んでいる。

身近で見る彼女は、やはり完璧。

蜂蜜をかけたトーストのように滑らかに光る日焼けした肌に、真っ白なドレス。

声が震えないように手をあげて合図すると、彼女は笑ってその手を取った。

彼女の肌から立ち上る、甘い香りが鼻先をくすぐり、リサは気が遠くなりそうになるのを、必死で堪える。

ああ。
なんて完璧な展開。

★ ★ ★

彼女が殴り書きで番号を書き付けたペーパーナプキンをタイトなジーンズのポケットから取り出す。破けないように注意しながら。ゆっくりと携帯メールを打ち込んだ。

「私、リサ。今日はあなたと出会えて嬉しかった」

送信ボタンを押す。

...sending...sent.

リサは満足そうに笑って目を閉じる。

★ ★ ★

空に浮かぶ丸い月
川の向こうにいる子からも
同じように見えているのか

★ ★ ★

寝返りを打つ。
窓の外には満月。

彼女の顔が忘れられない。
スケッチブックを広げる。
完璧だった彼女のことが忘れられない。

彼女との時間を思い出しながら、イラストを描いた。濃くて柔らかな鉛筆で描く。色もつけた。リサは絵を描くのが好きで、スケッチをSNSによくイラストをアップしていた。リサの"my art"アルバムには、自らが書いた椰子の木のスケッチだの、自分でデザインしたハローキティー風のオリジナルキャラクターだのがアップされていた。

リサはそこに完璧な彼女のイラストをアップした。実際に、彼女と金曜日に出会ったことは伏せて。単にいつものイラストのようなつもりで、アップした。

★ ★ ★

完璧な彼女と別れ際に交わした言葉をリサは覚えている。

「誰にでも電話番号を教える訳じゃないわ。教えてもいいって思う相手じゃないと教えないことにしているの。特別なものを感じた相手…特別な時間を過ごせた相手とだけ交換することなのよ」

「電話してね」

脳内で際限なくこだまする彼女の最後の声に導かれるように、リサは電話を取り出し、通話ボタンを押す。

コール音。
動悸がわずかに早くなる。

1回、2回、3回…

リサは唇を軽く噛む。

4回、5回、6回…

ほんの少し強く受話器を耳に押しつける。

7回、8回、9回…

いくら鳴っても、誰も答えない。
留守電にもならない。

義務を果たしたような、ほっとした気分で、リサは電話を切る。

★ ★ ★

ブラウザのツールバーを目にすると、SNSのコメントがたくさん来ているという通知が見える。例の「完璧な彼女」のイラストへのコメントだ。

「うまい」

「最高」

「超似てる!」

「よく特徴を捉えているね」

「wwww」

…数人の友達が、リサのイラストにコメントをしている。目を通したリサは何度か瞬きをしてもう一度読み返す。「超似てる?」「よく特徴を捉えている?」頭の奥でどろりとした液体が移動しているのを感じる。めまいの予感。

★ ★ ★

数秒の空白
ゆっくり起きる
日曜日の朝

★ ★ ★

携帯電話を取り出す。

メールの返事は来ていない。

リダイアル画面を呼び出す。

あの子の…番号は…。

携帯電話を耳に押しつける。痛いほどに。

The number you have dialed is no longer in service...(おかけになった電話番号は現在使われておりません)

もう一度かけなおす。落ち着け。

ゆっくりと、通話ボタンを押す。

The number you have dialed is no longer in service...(おかけになった電話番号は現在使われておりません)

何がなんだかわからない。

ツールバーに、また通知が来ている。

「マイクが、リサを、一つの画像にタグづけしました」

画像を開く。

画面を見つめる。

完璧な彼女の完璧なイラスト。

そう、彼女だ。

そしてその画像につけられているタグ。

in this photo: Lisa

リサは、急に回りだした世界が止まってくれるよう祈りながら目をつむる。

-了-
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  • 2009/11/07
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  • 2009/11/08
Re: 【小説】PORTRAIT -似顔絵-
ゆうさん、こんにちは。

昨日こちらの小説にコメントしたくて何度もtryしたんですが。。
なぜかエラーになってしまって。。(悲)

でもめげずにきました。(笑)

ゆうさんの小説には、いつも不思議な感覚でどんどん引き込まれるんです。
何故なんだろう、って考えて、昨日、
「リアルな夢のようだからだ」って気づいたんです。

夢には興味があって、「明晰夢」を見てみたいな、って思ってるんですが、
取り込まれてしまいそうで、怖い気もします。

そんな、明晰夢のようです。
今回も 面白かったっっ! ドキドキする…
次が 楽しみです!
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