孤独な金属の塊

久しぶりに、『スプートニクの恋人』を読み返していた。この小説は作品としても、レズビアンの描き方も好きじゃないんだけど、好きな一節がある。

わたしにはそのときに理解できたの。わたしたちは素敵な旅の連れであったけれど、結局はそれぞれの軌道を描く孤独な金属の塊に過ぎなかったんだって。遠くから見ると、それは流星のように美しく見える。でも実際のわたしたちは、ひとりずつそこに閉じこめられたまま、どこにいくこともできない囚人のようなものに過ぎない。ふたつの衛星の軌道がたまたまかさなりあうとき、わたしたちはこうして顔を合わせる。あるいは心を触れ合わせることもできるかもしれない。でもそれは束の間のこと。次の瞬間にはわたしたちはまた絶対の孤独のなかにいる。いつか燃え尽きてゼロになってしまうまでね



私はこういう考え方が好きだ。そして、こういう感じ方を寂しいものだとは思わない。むしろ、人と人が孤独な旅を続ける衛星だからこそ、一時的にでも、軌道が重なり合い、心を交わし合うことができたのなら、その奇跡が感動的なのだと思う。

スプートニクの恋人 (講談社文庫)
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