メイクセンス

納得できる、理屈が通る、ということを、英語でmake senseするという。
私はmake senseすることがらが好きだ。

私は全てを理解したい。
全てをメイクセンスさせたい。
理解して納得してはじめて、「なるほど」とそれを受け入れられるから。

でも、世の中は、納得できることばかりじゃない。

なぜ、宇宙は存在するのか?
なぜ、人は生まれたのか?
なぜ、空は青いのか?
なぜ、なぜなぜ?
なぜ、人は人を求めるのか?
種を残すため?
それならば、なぜ一部の人間は同性に惹かれるのか!?

私たちは全てを解明したい。
メイクセンスするように。
きっと全ての知の営みはそういう動機から始まっているだろう。

物理学、医学、哲学、心理学…。

もしも明日、目覚めたときに
目が見えなくなっていたら、
足が動かなくなっていたら、
私たちは「理由」を探すだろう。

「なぜ?」
「なぜ私なの?」

前世からの巡り合わせ?
タタリなの?
バチが当たったの?
神様がくれた試練なの?

なぜ?
なぜ?
なぜなの?

何でもいいから「理由」が欲しい。
たとえ、それが現実的に因果関係で結ばれた本当の理由でなくてもいい。
何かしら、自分の中で、自分の運命を「メイクセンス」させるための何か。
その何かがほしい。
だから必死で探す。
自分を納得させるための「理由」を。

でもね、本当は
理由なんてない。

完全にランダム。

私たちがアリの行列をみて、ぷちぷち潰すときに、
なぜそのアリなのか?なんて考えないのと一緒。

私たちの身に振りかかる運命に理由なんてない。

だけど、私たちは、その「理由のなさ」に耐えられない。

世の中の事実は、時に、残酷すぎて、私たちはそのままの事実を受け入れることができない。
受け入れる時に、頭の中で少し工夫して、飲み込めるようにしないと、受け入れられない。

人間関係もそう。
誰かとの関係が思うように行かないとき。

仕事上でも、友達とでも、恋人とでも…。

いくらメッセージを残してもコールバックがなかったり、
パーティに自分だけ誘われなかったり、
楽しみにしていたデートなのに、
あっさりキャンセルになったり、
電話してもなかなか返事がなかったり。

私たちは頭の中でいろいろな理由を探す。

出張中なんだ。
体調が悪いんだ。
仕事で忙しいんだ。
家族の揉め事で大変なんだ。
誰かが側にいて邪魔してるんだ。
携帯電話が壊れたのかもしれない。

でも、本当はそんな理由なんて存在しない。

事実はひとつだけ。

あなたが相手のことを好きなように、相手があなたを好きではないということ。

書くとシンプルだ。
うん。そうだろうね。
と、理解したつもりになる。
でもこのシンプルな事実を本当にマジで受け止めるのは、
きっと私たちの脳みそにとってはとてもしんどいことなんだと思う。

だから、私たちはいつもちょっとした言い訳を必要とする。
事実を少しだけ受け入れやすくするために。

それは、例えば、私たちがいつか死ぬ、という事実を忘れたふりしているのに似ている。

私たちはいつか死ぬ。
皆死ぬ。
あなたも死ぬ。
私も死ぬ。

でも、私たちはそんなこと、忘れたふりしている。

「一応わかってる」けど、とりあえず思考停止して、棚上げしている。

死ぬなんて怖すぎて、考えられないから。

誰かがあなたの望むほどあなたのことを好きじゃないというのもそれと一緒。

その事実は、「私はいつか死ぬ」というのと同じくらい、「他人事な現実」。

それは辛い。

わかってるよ。
そう口ではいっても、わかってない。

わかってるんだけど、わかってない。
わかってるんだけど、わかりたくない。

メイクセンスしない。
メイクセンスしない。

でもだからこそ、そこに、意味があるんだと思う。

なんでそうなるのか。
理由がわからない。
メイクセンスしない。

そこにこそ、芸術や宗教が生まれる余地があるんだと思う。

人間は芸術や宗教抜きで生きていくことはできない。
なぜなら、この世の中自体がメイクセンスしないものだから。

常に物事をメイクセンスさせたいと思いながら生きている毎日の中
ふとした瞬間に、その限界を覚える。

炎を見つめながら音楽を聴き体を動かし続ける夜明け。
美しい人と見つめ合う瞬間。
雄大な砂漠に溶けていく燃えるような夕焼け。

説明のつかない歓喜や悲しみが体から吹き出してくる。
その時に感じているものは、きっと叫びや喘ぎ声にしかならず、言葉にはならない。
メイクセンスできるものの限界がある。
その限界の先に、何かがある。

この手に掴みたいのに、手に入らないもの。
好きな子に好かれたいのに好かれない悲しみ。
永遠に生きていたいのに死ななきゃいけないという無念。

私たちの人生はメイクセンスしない。
この世はメイクセンスしない。

この世の全てをメイクセンスするような形で理解したいという試みは、必ず負けると決まっている戦いのようなものだ。こんぼうだけでラスボスと戦うようなものだ。私たちは必ず負けるだろう。でも、この戦いから降りるわけにはいかない。生まれてしまったのだから。私たちは理解のできない運命のうずの中で、それでも何かを理解したいともがきながら生きていくしかない。
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