仕事をする人

世の中には、「仕事を与えられるのを待ち、与えられた仕事をこなす」受動的なタイプの人間と、「自ら仕事を取りにいく」能動的なタイプの人間がいる。そして、もっと言うと、「(自分のみならず)他人の仕事を作り出し、他人の仕事を通じて、利益を生み出す」タイプの人間がいる。1番目と2番目は従業員のタイプに収まると言えると思うが、3番目までくると、これは経営者である。経営者は「仕事」を作り出すことこそが仕事であり(その「仕事」を自らとってきたり、その仕事を自らこなすこともあるだろうが)、基本的には、その「仕事」を他人に割り当てたりすることによって、トータルで利益を生み出す仕組みを創り上げ、維持するというのがその役割である。

世の中、主体的に自ら仕事を取りに行くのが大事、とかよく言われるし、実際そうだと思う。が、実際には、その「仕事を取りに行くことでお金が発生する」という「仕組み」自体が一番価値があることであり、その「仕組み」を作り出すこと自体が最も価値があることなのだと私は思っている。

例えば、マッサージ店に例えるなら、店の中に待機して、自分に回された客をただただ担当するセラピストは、1のタイプ、知り合いの店と提携してクライアントをまわしてもらったり、様々なコネやマーケティングの手法を使ってクライアントを取ってこれるセラピストは2のタイプ。で、1と2のセラピストでは、施術の優秀さというのはとりあえずおいておいて、ビジネス的にーどちらがより多くの「価値」を生んでいるかという意味でーどちらが優秀かというと、当然2。だが、その2のセラピストであっても、そこに、「マッサージ店」というビジネスが存在し、その「枠組」の中で主体的にクライアントをとるという行為が可能になっているのだから、最も大きな「価値」というのは、そのセラピストの行為ではなく、セラピストがそのような行為をすることを可能にしている環境、つまり「仕組み」なのである。だから、そこにマッサージ店を開業した経営者が一番大きな「価値」を生んでいる。

どんな優秀な従業員より、その従業員の優秀さを発揮できる環境を作りあげた創業者が偉い。「偉さ」というのは別に人間的な優秀さという意味ではなく、ビジネス上で生んでいる価値が大きいという意味。だから経営者に最も大きな(従業員とは比べ物にならないレベルの)報酬が与えられるのは当然と私は思っている。

でも、やはり創業するという行為は誰にでもできるものじゃないし、人間には向き不向きがある。歌でも、サッカーでも、経営でも、人間には、向き不向きがある。デザインに向いている人間と、プログラミングに向いている人間と、営業に向いている人間と。与えられた仕事をこなすことが得意な人間と、仕事を創り上げる人間との違いも同様。全ての人間が後者になることはできないし、その必要もない。
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