ボストン・マラソンと女子選手 #BostonMarathon #PrayforBoston

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昨日ボストン・マラソンで二度の爆発がありました。今アメリカのニュースはこのことで持ちきりです。幼い子どもをはじめとする一般市民を巻き込んだ無差別な攻撃……。爆発の動画を見て、胸が張り裂けそうでした。被害を受けた方々、またご家族や友人を失われた方へ祈りを捧げます。

また、今現在捜査は続いていますが、今後この事件が政治や経済にどのような影響を及ぼしていくのかについても注目していきたいです。
さて、今回はボストン・マラソンについて調べていて知った女性マラソン参加の歴史についてご紹介したいと思います。

今、女性マラソン・ランナーは珍しくありません。しかし、かつてマラソン競技は他の陸上競技と同様に男性だけのものでした。「女性がフルマラソンを走るなんて体力的に不可能」と思われていたのです。

一八九七年にはじまった伝統あるボストン・マラソンも、開始から七〇年以上に渡り男性のみが参加できるレースでした。一九六六年、ロベルタ・ギブ選手はレースに登録しようとしたのに「女性にはマラソンは無理」と断られました。ギブ選手はそのことに発奮し、スタートライン近くの藪に隠れてこっそりレースに参加。非公式記録ながら三時間二一分二五秒で完走しました。彼女はその後も二年間連続で出場しました。

また、ギブ選手が初めて出場した翌一九六七年には当時二十歳だったキャサリン・スウィツァー選手が、"K. V. Switzer"というイニシャルで登録し、初めて公式にボストン・マラソンを走った女性となりました。

主催者は途中でゼッケンをつけた女性が走っていることに気づき「俺のレースから出ていけ!ゼッケンを返せ!」とスウィツァー選手につかみかかります。しかし、周囲のランナーが主催者を押さえ、彼女は無事に完走することができました。

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この場面を捉えた写真は広く報道され、マラソンへの女性の参加について、全米で議論が巻き起こりました。

七〇年代に入ると、徐々にマラソン界のルールは変わり始め、世界中でより多くのマラソン大会が女性の出場を認めるようになり、女性のみのレースも行われるようになりました。ボストン・マラソンは一九七二年から女性の出場を公式に認めるようになり、現在では出場者の四割以上が女性です。(参考記事12)。

マラソンに女性が進出するまでには、偏見や思い込みを疑い、ルールを変えるために働きかけてきた多くの先人の努力があったのですね。

しかし、性別が決して二者択一なものではないことがわかってきている現在においては、単純に「女性の種目がある」から喜ぶわけにもいきません。

“女性”選手がスポーツの世界に進出してくるにつれ、「性別テスト」が行われて「“本当の女性”か?」ということが審査されたり、その結果によってメダルの剥奪や出場禁止されたりということが行われてきました(参考記事)。

また、性別をきっちりわけるスポーツの世界には馴染めない、参加することができないトランスジェンダーの選手もいるのではないでしょうか。性が複雑で流動的なものであるということがわかってきている現代のスポーツにおいては、今後更にルールを変えることが求められてくるかもしれません。

五〇年前には女性が参加できなかったマラソンレース。
五〇年後には、きっとまた大きく変化していることでしょう。

その時のランナー達がより平和でより包括的なレースを楽しむことができているとよいのですが。そのために今自分は何ができるのでしょう?すぐに答えはでませんが、常に考え続けていきたいと思います。
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