村上春樹の新作はLAでこんな感じで売られてた

今日、日系書店で村上春樹の新作を買ってきました。



じゃ~ん。山積みです。さすが日本人の多い街LA!
私が初めて村上春樹の本を読んだのは、高校生の時でした。新潮文庫の夏の百冊を読破したい!とか思ってたんだよね。

『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』

おおおお!
な、なんて面白いんだー!
完全にハマりました。

周りの友達にも勧めて、ノートに二つの世界の対応表作ったり、ラストシーンの解釈について語りあったりしました。楽しかったなぁ。

それから『風の歌を聴け』から『ダンス・ダンス・ダンス』までの流れで完全にノックアウト。洋書売り場でデレク・ハートフィールドを探し求め、和敬塾に行って国旗掲揚台を探す……などハルキストまっしぐら。その後もほとんどの作品を読んできました。私はもともと本が好きで、色んな作家を読んでいたけど、春樹の文章には何か特別な魅力を覚えていたんだよね。何でこの人だけこんなに違うんだろ?ってずっと思ってました。

村上春樹はアメリカでも本当に人気で、広く読まれてます。色々なバックグラウンドを持つ友達とも、普通にねじまき鳥についてとか、春樹さんランニングしてるよねーとか話しが通じるので楽しい。「大学で日本文学専攻しました」的な子以外にも自然と読まれてるのがすごい。大江健三郎とか夏目漱石ではなかなかこういう会話は生まれません。

今回も、私がいちはやく日本語で「多崎つくる」を手にとったことで、いいなーとか早く翻訳しろーとか日本語読みたい!とか友達に沢山言われました。

そんな大好きな春樹ですが、実は、彼の作品の中での女性や性的マイノリティの描かれ方はあんまり好きではありません。

読みはじめた高校生の時は気にならなかったけれど、その後、自分はレズビアンだと自認したり、ジェンダー論や、フェミニズム的考えに目覚めていくにつれ、春樹作品に対する違和感がどんどん強くなっていきました。

これってハリウッド映画とかで、日本の描写が変な時に覚える引っかかりと少し似てるかもしれません。「ニンジャ」「ゲイシャ」「サムライ」的なステロタイプはもちろん、それに限らず、例えばロストイントランスレーションとかでも、日本の描写に対して「何か」を感じてしまう時ってないですか?作品としては好きだけど、なんか引っかかる……ってゆう。

ま、そんな違和感を覚えながらも、圧倒的な面白さがあるこそ、読みつづけちゃうんですけどね。



まだまだ途中ですが、春樹の作品を原書で、日本語で読めるという贅沢を楽しみつつ、読んでいきたいと思います。

てか、これ、英訳されたら、苗字の翻訳どうなるんだろう?ポール・オースターの『幽霊たち』をちょっと思い出しました。
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