「クィアムーブメントがキング牧師から学ぶべきこと」だって!?

今日はマーティン・ルーサー・キング・ジュニア(通称:キング牧師)というアメリカの休日。休みの人が多いので、高速道路や駐車場が空いている。

キング牧師は、人種差別撤廃を求め、公民権活動の指導者として活動し、1964年にはノーベル平和賞を受賞した偉大な人物である。毎年この日になると、キング牧師の功績をたたえた催しや番組などが企画される。

そんなキング牧師の日によせて、二人のゲイアクティビストが投稿し、タイムとハフィントン・ポストに掲載されたキング牧師とクィアムーブメントについての記事が面白かった。


On MLK Day, What Gay Activists Should Learn from Martin Luther King


What the Queer Rights Movement Should Learn From Martin Luther King Jr.


よく似た題名の記事だが、一方はブランドン・アンブロシノによる「ゲイ活動家は、キング牧師の『敵』を愛せという教えから学び『敵』の言い分を聞け。ゲイ活動家は攻撃的すぎる」という論調のもの。「罪を憎んで人を憎まず」というように、反対陣営の意見をよく聞いて彼らの考えを理解し、彼らを「敵」ではなく「兄弟」だと捉え、自分を憎んでくる相手に対しても「憎しみ」ではなく「愛」を持って接しろというのである。←すごいざっくりした要約。

これに対してハフィントン・ポストに掲載されたノア・マイケルソンの反論がよかった。

もちろんホモフォビアに反論する時には「愛」と「優しさ」と「尊敬」を持って接しなけれければいけない、ということにはノアも同意している。でも、クィア活動家が「反対派の意見を充分に聞いていない」なんてどうして言えるのか?これまで「罪人」だの「子どもに対して危険」だの好き勝手な偏見を聞かされて、黙ってきたのはクィアの方だ。

また、キング牧師は「愛」や「非暴力」を強調するのと同時に、(←ブランドンはこちらのみにフォーカスしているが)戦っていた相手の偏見や頑固さに対しては強硬に立ち向かっていた。

「愛」はもちろん大事だし、「非暴力」も大事だ。でも、不公正に対してきっぱりと「ノー」を突きつける活動家に対して、キング牧師を持ちだして「キング牧師を見習え」というのでは、キング牧師が泣くのではないか。

実はブランドンとノアは同性婚を巡って以前も論争していた。ブランドンは「同性婚に反対だからといってアンチ・ゲイだとは限らない(ゲイフレンドリーな同性婚禁止もありえる)」という立場であり、ノアは「“同性婚には反対だけど、アンチゲイではない”なんてありえない」という立場だった。今回の記事とパラレルで興味深い。

私は、「ゲイに平等な権利を与えることには反対するけど自分はゲイフレンドリーだし、差別はしない」なんて、ありえないと思う。

「ゲイの知り合いはいて仲はいいけど、ゲイはやっぱり結婚するべきでない」と思っているなら、それは差別だし、「ゲイでもいいけど、目の前でキスしたり手をつないでほしくない」と思っているなら、それは差別だし、「ゲイの人に恨みもないし自由にやってくれればいいと思うけど、自分の息子の入っているボーイスカウトのリーダーはやってほしくない」と思うなら、それも差別であるように

差別はマイルドに形を変えて、日常に入りこむ。
ジョークや良心のふりをして、「友人」や「家族」の中にも忍び込む。

それを笑いながら、受け流すし、許すことは簡単だ。
日常生活を円滑に進めるために、誰もがやっていることだろう。
それがいけないとはいわない。

でも、どこかで、誰かがノーと言わなければいけない。私はそれをする勇気を持つ活動家を尊敬する。
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