わかりづらい差別

わたしの住むLAにはプロバスケ(NBA)のチームが2つある。レイカーズとクリッパーズだ。レイカーズの方が知名度が高いと思うが、最近はクリッパーズの方がよい試合をするので人気が高まっている。
そのクリッパーズのオーナー変更がここ最近話題になっていた。

今年の四月末、オーナーだったドナルド・スターリングが、黒人に対して差別的な発言をしているところが、隠しレコーダーで録音されて、暴露されたのだ。

クリッパーズの選手たちは、スターリングの発言に対して抗議し、NBAはスターリングの永久追放処分を決めた。厳しいが適切な処分だ。スターリングはチームの売却を迫られ、今ではNBAに対して裁判を起こしているが、はっきりいって、メインストリームのメディアでスターリングを支持する人はほぼいない。彼の発言は、アメリカの「建前」から言えば完全にアウトなのだ。(スターリング本人は、「自分は人種差別者ではない」と言い訳している)

しかし真の問題は、アメリカの人種差別が、スターリングの暴言のようなわかりやすい形を取るとは限らない、ということだ。

ここにある実験結果を見て欲しい。

implicit_bias.png


実験に参加した被験者は、法律書類のチェックをし、スペリング、技術的なミス、事実誤認、などのジャンル別に間違いを発見するように求められ、全体的な評価をするように言われた。

そして同じ書類に対して「執筆者はNY大学ロースクール出身の白人」と言われた場合と、「執筆者はNY大学ロースクール出身の黒人」と言われた場合での点数の違いがこれだ。

被験者が「執筆者は黒人だ」という先入観を持ってレビューをした場合、全体的に点数は探り、スペリングのミスについては、なんと「執筆者は白人」と言われた場合に比べて、倍近く指摘される結果となっている!

これはほんの一例にすぎない。

医者は、患者の人種に応じて、処方薬を変える。ビデオゲームで人々は黒人に対してより多く“うっかり”発砲する。

アメリカの履歴書には顔写真を貼る欄はないし、人種を尋ねることは禁止されているが、まったく同じ履歴書の片方に「いかにも白人」な名前、もう片方に「いかにも黒人」な名前を書いて仕事に応募すると、「いかにも白人」の名前の方が、五割以上面接に呼ばれる割合が高い。そして、NBAの試合においても、白人の審判は、黒人に対してファウルの判定をする割合が高い。

このような「偏った判断」の形をとってわかりづらい差別はわたしたちの身の回りにあふれている。

悪名高い「ドライビング・ホワイル・ブラック(黒人運転:運転者が黒人だと、警官に停められる確率が高い)」やNYの「ストップ・アンド・フリスク(道端職務質問をされ身体捜索をされること。微罪逮捕が増える)」もその一例だ。

差別を行うのに、大富豪のバスケチームのオーナーや移民官や警察官である必要はない。憎悪にかられ、ヘイトクライムやヘイトスピーチをする必要もない。わたしたちの多くは、そうと気づかないまま、毎日の生活の中で、この不公正なシステムに組み込まれた部品として「わかりづらい差別」を毎日行使しているのだ。

個人が努力して意識を変えることは大事だし、意味もあるだろう。しかし差別は究極的には個々の意識の問題ではなく、社会システムの問題だ。だから、個人の意識を変えたり、個々人が「差別をやめる」と決意ことだけでは解決にならない。

人々の偏った考え方は、ある程度までは「偏った現実」を反映しているのだと思う。人々の偏った判断は「まだこの世に不公正が存在している」ことの証明なのだ。その偏った判断が、現実における不公正を加速させる……。

この悪循環を断ち切るためには個々人が自分の中に埋め込まれた「偏り」を意識して是正するだけでなく、社会システムの両方を変える必要がある。

ちなみに、「わかりづらい差別」にはまた別のタイプがある。これについては改めて書く。

参考記事:http://www.vox.com/2014/4/30/5665778/americas-real-racism-problem-doesnt-look-like-donald-sterling
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