友達が病気になったら何ができるだろう

Anything for love ... from Albert Bredenhann on Vimeo.

感動するということで、シェアされているこの動画。内容は、乳がんになった友達のために、仲間が集って、髪を剃り落として励ますというもの。

最近、乳がんを身近に感じていたところだったこともあり、余計に考えさせられた。
もし、わたしが患者の立場だったら……嬉しいけど、同時に複雑な気分になると思う。

友達が剃り落としてくれた髪。
でも彼女たちの髪はまた生えてくる。

友達は病を持っていない。
でも、わたしは「死ぬかもしれない」という恐怖を抱えている。

抗がん剤の副作用を耐えなければいけないのはわたし。
彼女たちは、治療をしなくてもいい。

一見同じ「坊主頭」
でも、その奥には、無数の「違い」がある。

それを痛感してますます悲しくなってしまうんじゃないかなぁ……と。

もちろんだから「やるな」ってんじゃなくて、
ここまでやってくれた友達の「気持ち」に対しては嬉しさを感じるだろうけどね。


友達が乳がんになったっていったらどうしたらいいんだろう?

まだわたしはそういう経験をしたことはないけれど、これからの人生のなかで、乳がんではないにしろ「そういう瞬間」は必ずいつか訪れるだろう。

大好きな友達が、病気になったら。
その時に、わたしには何ができるだろうか?

……

きっとその時になったら、自分にできることは全部やる。

氷水を被ることでも、頭を剃ることでも、なんでもやるだろう。

彼女の恐怖や孤独感を少しでも減らし、「ここにいるよ」って伝えるために。



動画だって
作ってしまうかもしれない

そんな風に思った。

がんは治る病気。

でも、やっぱり怖い。

同じように日本人で
同じようにアメリカで生きてたり
同じくらいの年齢で
笑ったり泣いたり酔っ払ったり
同じような生活してるのに
ある日
誰か一人だけが「病気」になる。

不公平なようだけど、それは運命。

いや、


最後は死ぬという点では平等。

その瞬間まで

「生きた長さ」ではなく
「稼いだお金の額」でもなく

何回笑えたか
何回笑わせられたか

どれだけの幸せと喜びを生み出せたか

どれだけ満たされた気持ちで
濃く生きられたか

自分に与えられた運命を
精一杯の全力を出して生き抜いたか

そう自分に問いかけた時に
悔いが残らないように生きていきたい




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