シャネルの「なんちゃってフェミニズム」

パリのファッション・ウィークで、シャネルがショーのファイナルを「フェミニズムのデモ風」に演出したことが話題になっている。先日、大きな話題となったエマ・ワトソンのスピーチに続き、これまでのフェミニズムとは違った形のアプローチの一つと言えるだろう。

シャネルはエマ・ワトソンの「HeForShe」を支持! パリコレのショーが“フェミニズムのデモ風”に

しかし、これで、さすがシャネル!となって終わるのは表面的にすぎる。ココ・シャネルのデザインが女性の解放のために大きな意味を持っていたのは事実だ。しかし、今回のシャネルの「デモ風」演出には大きな批判も寄せられている。
今、フェミニズムはブームといってもいいだろう。歌姫ビヨンセがフェミニストのイメージを掲げ、エマ・ワトソンが国連でスピートし、世界中のアイドルやセレブがHe for Sheのハッシュタグをつけて投稿し、それが何万とリツイートされる社会。そうフェミニズムは、とうとうきれいな包装紙に包まれて、「クール」なものになったのだ。例えば「オーガニック」とか「XX産」のレーベルと同じようにそれをつけておけば「売れる」ものになったのだ。シャネルは、その波をうまくとらえた。

デモを再現したというシャネルのショーは確かにそれ自体見たらクールだ。でも、その「クール」さはちょっと角度を変えて見ると、グロテスクになる。カール・ラガーフェルドは過去にアデルのことを「太り過ぎ」だと発言したり、まあはっきりいって、女性の権利とか社会運動に本気で興味があるとは思えない人だ。そんな彼までもが、フェミニズムの波を利用し、ブランドのイメージを築こうとしていること、そしてそれがさっそく成功しているのには、なんとも言えない複雑な思いを抱いた。




"Everything I say is a joke. I am a joke myself." (僕のやることはすべてが冗談。僕自身が冗談) そんなラガーフェルドだから、このパフォーマンスをあまり大真面目に捉えるべきではないのだろう。彼はただフェミニズムがクールとされる土壌があることを嗅覚で感じ、それを利用しただけなのだ。




シャネルのような強力なブランドがこのような「クール」なショーをすることで、「社会運動」や「デモ」、「フェミニズム」に対してのイメージもまた上がることを期待する向きもある。



↑この気持ちはわかる。確かに「運動がダサい」から参加したくない人は結構いるし、ある運動を広げようと考えたらそのイメージをよくすることは大事だと思う。

実際前にもこんなことを書いたし、当時のわたしなら、シャネルのショーすごい!って絶賛してたかもね。↓「目指すべき」とか書いちゃってお前何様なのは恥ずかしいが許して……。

正しくなければ、意味がない。美しくなければ、届かない。 -ゲイリブの目指すべき道とは-



でも、今わたしは「街に出て主張することのイメージを肯定的に発信する」ことの重要さには頷きつつも、それだけが重要だとは思わないし、それだけでこのパフォーマンスをよしとする気にはなれない。

社会運動するのは何かを「変えたい」という目的があるからだ。いくら「美しく」て「クール」でも、その変化を志向しないなら、それは面白いパフォーマンスかもしれないけど、運動の目的にはかなってない気がする。うちらは不平等な現状を「変えて」平等にしてくれ!って望んでるわけだ。でも、美しくクールにパッケージされて、商業化された運動が、根本では「現状維持」に寄与するものだとしたら、それはやっぱりがっかりしちゃうな。だからここらへん↓のつぶやきをした。







(Doveのリアルビューティーについては、一概に悪いとか偽善だと言いたいわけじゃなく、すんごい複雑な思いを抱いてて、それについては改めて今度書くけど)Doveだけでなく、CHANELだって、フォトショップを駆使した広告や不健康な程痩せたスーパーモデルを起用したランウェイを通じて女性の体を商品化し、不自然な「美」のメッセージを発信してきた点では、「戦犯」と言えるのだ。ファッション業界や美容業界が、フェミニズムのイメージを使ってよりブランドイメージを上げ、より高い収益をあげようとするのは勝手だが、それなら、自分たちが普段やってることに対しても批判的な目を向けるべきではないか?と思うわけ。結局シャネルのショーだって、ラディカルなようでいて、そこにいるのは、痩せに痩せた白人のスーパーモデルばっかじゃん!って。そういう自分の態度には無批判のまま、「フェミニズム」のイメージだけ利用して、ブランドをかっこよく見せようとしてる。なんかズルい。

もちろん、今回のショーの写真見て最初「おっ!」と思ったのは事実だし、これをきっかけにより若いファッション好きとかのフェミニズムへの見方が変わったり「道端に出て主張するのもクールかも」と思ってくれるのは嬉しいよ。

でも、それをただ無邪気に喜んでいるだけじゃいけないと思う。別に「人気者」とか「トレンド」になりたいがために運動してるわけじゃないし、「理解をしてもらう」とか「参加者を増やす」ために運動してるわけでもないんだから。差別をやめるってそういうことじゃないよね。「多数派」にならなくても「平等」に取り扱ってもらえるようにならないと。結局求めてるのはそこでしょう?

そういう「クール」な運動によって、本当に社会は変わるのか?今、結局社会はどこを向いて動いていっているのか?それを自分の目でちゃんと見極めないとダメだ。
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