元カレ

今日も私の好きな詩を紹介します。

月夜の浜べ
                         
月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちてゐた。

それを拾つて、役立てようと
僕は思ったわけでもないが
なぜだかそれを捨てるに忍びず
僕はそれを、袂に入れた。

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に落ちてゐた。

それを拾つて、役立てようと
僕は思つたわけでもないが
    月に向かつてそれは抛れず
    浪に向かってそれは抛れず
僕はそれを、袂に入れた。

月夜の晩に、拾つたボタンは
指先に沁み、心に沁みた。 

月夜の晩に、拾つたボタンは
どうしてそれが、捨てられようか?

ー中原中也



大昔、つきあっていた男がいた。

フランス映画マニアで、カメラマニアで、いつも私の写真を撮りまくってた。身長が184センチあって、髭とめがねのせいで、同い年なのに10歳くらい年上に見えた。それに、すこしフランス人に見えた。部屋にプロジェクターとホームシアターがあり、そこで、彼がごりごり豆を挽いて入れてくれたコーヒーを飲みながらゴダールの映画を見るのがうちらの日課だった。私たちは映画サークルで知り合い、私が彼に8mm カメラを借りたのがきっかけで仲良くなった。

その男は信じられないくらいの量の本とレコードを所有していてーそれが「こいつとつきあってもいいかな」と思った理由の1つでもあったのだがーその1/3は映画に関するもの、1/3は専攻の学問に関するもの、そして1/3が詩集だった。

男は詩の同人に参加していて、かなりハードコアな詩人なのだった。

私に対して詩を書いたり、朗読してきたり、ということを本気でやる男の前で「私も文章書くの好きなんだよね」となぜか言いだせなかった。私はその代わりに「私も詩を読むの好き」と言った。「何が好きなの?」そして私はとっさにこの詩をあげた。中原中也。「月夜の晩に、拾つたボタン」彼は驚いたように目を開いた。へえ…意外!ずいぶんウェットなのが好きなんだね。私は黙って肩をすくめた。そんな風に考えたことはなかった。でも、改めて言われてみると、その通りだった。

男は中原中也が好きじゃなかった。
ーではどの詩人が好きだったのだろう?
…思い出せない。

旅行した。
両親にも会った。
でもその直後別れた。

なぜ別れることになったのかよく覚えてない。
なぜつきあうことになったのか、よく覚えていないのと同じように。

ただ覚えているのは、男の顔と、一緒にいったいくつかの場所。川辺のサイクリングとか、スーパーマーケットとか、夏祭り、カフェ、大学の近くの公園。

そして、あの会話。
中原中也についての会話。

中原中也についての会話を交わした時に、2人の間の決定的な違いが明らかになっていたような気がした。

でも、本当はそんなことよりもっと大きな何かが、ずっと前から食い違っていたんだよね、本当は!
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comment

Re: 元カレ
いつも楽しみに拝見しています。フフフ。
私も、なぜかココロニ残ってしまった詩をば。


 五月

 
遠いい朝が来た

ああ緑はそよいでゐる

晴れ渡った空を渡る風

なにしに今日はやって来たのだ


           
                 原民喜

  • 2008/05/23
  • u-
  • URL
u-さん
いつもどうも見に来てくれてありがとうございます。

u-さんも詩などが好きですか?
文章かくのが好きでしたら、ブログやったら面白いですよ。
作ったら教えてください。
Re: 元カレ
初めまして。
最近またwebをつないで
このごろ拝見しています。
またコメントします。
  • 2008/05/24
  • pzk
  • URL
  • Edit
pzkさん
こんにちは。また来て下さい!
  • 2008/05/25
  • ゆう
  • URL
Re: 元カレ
… 私 これを ここで 今読まなかったら 遠い記憶に しまわれて 想い出さなかったかも。
どこで出会ったのかも 自分の何にまつわるのかも わからない、 想い出せない。
でも あぁ、、 知っている という 曖昧だけど 心地よく 静かに瞳を閉じて 深呼吸を一つするような 感覚的な 記憶が蘇えった。
なんだか 不思議な気分。
あぁ、 とても 素敵だね。 感覚を 想い出させてくれて ありがとう。そうね、 久しぶりに 詩集なんて読んでみるのも いいのかも。 今なら もっと 感じる気がする。 過去の自分じゃ気づかなかったこととかね。そんな心の余裕も 持たなくちゃ。 日々に 簡単に流されてしまう。 もったいない過ごし方は したくないものね。うん。
  • 2008/05/28
  • yume
  • URL
  • Edit
Re: 元カレ
yumeちゃんも詩好きですか?
何が好きですか?
うん、そう、たまには役に立たんような詩集を読んでみるのもいいよ。
ストーリーもなく、役にも立たない詩だけど、なぜか魂にとっては安らぎを与えてくれるんだよね。
中也ちゃんってよわっちくね。
本7000冊読んでまとめ書いたから
子供はその時間をゆっくり呼吸できる。
っていってたっけ。
お医者さんの子供だぜ。
  • 2009/04/28
  • qqq
  • URL
あと字が丁寧だよね。
  • 2009/04/28
  • qqq
  • URL
Re: タイトルなし
確かに。よわっちいかも。
でも、私、マッチョな詩より、よわっちい詩の方が好きです。
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