レベルが違う

相手が自分と同じレベルだろうという無意識の期待は、ほとんどの場合裏切られる。

だから、相手と自分は何一つ共有なんてしちゃいないんだ、っていう前提から始めるのが一番いい。

そんな前提はちょっぴり極端に響くかもしれないが、実際のところ、それが一番現実に近いのさ。

相手と自分は同じレベルにいない。のだ。

どっちが上でどっちが下とかじゃなくて。

ははは。

会話のなかに散りばめた引用も、何気ないウィンクも、きっと伝わってない。
面白いつもりのさりげないジョークも、意味を込めて送ったメールも、きっと伝わってない。
彼女にとって面白いものはあなたにとってはつまらないし、あなたの興味のあることは、彼女にとっては退屈。

デート相手と自分もそうだし、友達と自分もそうだし、同僚と自分もそうだし、取引先と自分もそうだし、クラブ仲間と自分もそうだし、デザイン作る人と見る人もそうだし、演る人と聴く人もそうだし、書く人と読む人もそう。

ぜーんぜん、レベルが違うんだと思う(あはっ)

どっちが上でどっちが下とかじゃ全然なくてね。

温度が違うんだよね。温度とか角度とか、柔らかさとか、もうそういうところが違うわけだよ。

わかんなきゃーわかんないでいいです(なげやり)

ほとんどの音楽家もそういう気持ちなんじゃないかなーあ。

DJでもピアニストでもバンドマンでもいいけどさーその日の演奏がどういう感じだったかとかって、多分、同じように感じ取ってるオーディエンスは1人もいなくて。ていうかそんなことは不可能なんであって。全てのライブに来て、全てのパフォーマスを見て、体調とか気分とかも把握してるよなオーディエンスなんていないんであって。その日微妙に曲順変えた意味の、ほんとのほんとーのところを汲んでくれるクラウドなんていないんであって。だからこそ、音楽家だって文章を書きたがるんだろうね。そして音楽家の一番のリスナーは自分自身だったりするんだな。きっと。今この段階でこの曲をかけることの意味なんて、本当はほとんど誰にも伝わってないのさ。

でもオーディエンスの側は、オーディエンスの側で、別にパフォーマーの思いなんて関係なく、勝手気ままに、それを結構いい感じに楽しんじゃってるわけ。サーモンと、ワインと、チーズと、美しい女性、揺れるキャンドルの光。そんなところで音楽家の意図なんてどうでもいいんだよね。多分。酔っぱらいにとっては。勘違いしてるっていうか、うーん。勘違いだけど、それでいい。

つまり、音楽が自己表現である音楽家は多いと思うけど、実はその表現っていうやつが、適切なコミュニケーションの道具になってるかどうかは謎なんだよ。でも、それは当人達が意図したのと違う形でのコミュニケーションを多分生み出してるから、それでいいと思うんだ。

だから、多分あなたと私が(もしくは誰かと私が/あなたと誰かが)同じレベルにいなくても、きっとそんなの全然オーケー。何の問題もない。

ただ、やっぱりさ。うちらが同じレベルにはいないんだ、っていうことを、いつでも、頭の中で徹底的に理解しておく必要があると思うんだ。うちらは同じレベルにはいないんだ。うちらは全然、違うレベルにいるんだっていうことを。

うちらは違うレベルにいる。でもそれでいいんだ。うちらは喋る言葉も違うし、常識も異なるし、バックグラウンドも全く異なるし、ユーモアセンスも、教養レベルも、持っているものも、目指している場所も、価値観も全然違う。それでいいじゃん。

といって、たまに突き放したくなる。
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comment

>レベルが違う
>凄い=(ある女について)

いっそ、絶対的に身分も階級も違えばいい。
悦んで三つ指ついて全身全霊捧げられるかなv-8
  • 2008/09/20
  • u-
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そうですねー
あ~好きな子とつきあいたいです。
  • 2008/09/25
  • ゆう
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